成熟運動ニューロンは神経系の中では例外的に神経損傷を受けても再生・修復することが可能である。損傷運動ニューロンには、一旦未熟な状態に逆戻りすることで潜在的な再生能力を賦活化する“リプログラミング”機構が備わっていると考えられる。このリプログラミングを促すためゲノム、転写、タンパク質レベル、細胞間相互作用に至るまでダイナミックな変動が引き起こされると考えられるがその詳細は不明である。研究開始当初は遺伝子発現制御が神経再生・変性の変換点になると考え研究を進めていたが、意外なことに生死の運命に関わらず神経損傷に応答した運動ニューロンは遺伝子発現レベルでリプログラミングプロセスを一旦は始動させる可能性が示唆された。そこで遺伝子発現制御以降に続くプロセスとしてタンパク質制御に着目し、その要であるプロテアソームによるタンパク質分解について検討を加えた。損傷運動ニューロン特異的にプロテアソームを欠損できる独自のマウスシステムを用いることでこれが可能になった。その結果、損傷運動ニューロンは軸索起始部(AIS)タンパク質をプロテアソームにより積極的に分解することで細胞体から軸索へのミトコンドリア流入を増やすことが明らかになった。これは神経再生に必要な十分量のエネルギーを確保するための新たな仕組みである。AISは成熟ニューロンの特徴であることから、AIS分解により運動ニューロンは未熟な状態に逆戻りすることになると考えられる。従ってこの研究で、損傷運動ニューロンのタンパク質レベルでのリプログラミングが明らかになったと考えられる。遺伝子発現制御レベルでのリプログラミングに関しては、別の時間経過や特定のゲノム領域に特化して引き起こされる可能性も十分考えられ、今後の課題として残された。
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