多くの中枢神経疾患では、慢性的な炎症(CNS炎症)がおこり、最終的に神経細胞の変性/脱落に至ることが示唆されるようになってきたが、その病態メカニズムや元来生体が持つはずの防御機構には不明な点が多い。 本年の研究では、脳血流を慢性的に低下させ、比較的緩やかに脳を低灌流状態にすることで認知機能障害の動物モデルとして、マウス両側総頸動脈狭窄 (BCAS) モデルを用いた。このBCASモデルは、慢性脳低灌流、CNS炎症、白質傷害、認知機能障害といった認知症の代表的な特徴を再現できるモデルと評価されている。本年の研究でも、血液脳関門を構成する細胞群のうちアストロサイトに着目した。その過程で、シナモン主成分のシンナムアルデヒド(CA)やワサビ主成分、温和な熱や活性酸素種にも感受性のあるTRPA1チャネルの遺伝子欠損マウスを用いて詳しく調べたところ、BCAS手術によりTRPA1遺伝子欠損マウスでは、対照群の野生型マウスよりも早期に白質傷害および認知機能障害がおきること、さらに血液脳関門の破綻が惹起されることを見いだした。さらに認知機能障害の病態メカニズムについて詳細に調べたところ、脳で最も多いグリア細胞であるアストロサイトに発現しているTRPA1の活性化が髄鞘形成促進作用を持つサイトカインである白血病阻止因子(LIF)の産生を介してオリゴデンドロサイト前駆細胞を分化させて白質傷害を抑制していること、TRPA1刺激薬であるCAを連続的に投与することにより、白質傷害が抑制されて認知機能障害が観察されなくなることも見いだし、アストロサイトTRPA1が認知機能障害の早期発症を予防する保護的な役割を果たしていることが明らかとなった。 研究期間全体の成果から、CNS炎症とそれに伴う病態におけるアストロサイトの反応・創薬標的に関する情報の一部が明らかとなった。
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