研究課題/領域番号 |
21K19349
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
佐々木 拓哉 東北大学, 薬学研究科, 教授 (70741031)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2023-03-31
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キーワード | 腹側海馬 / ストレス / 脳深部記録 / 記憶 |
研究実績の概要 |
生物は、精神的ストレス負荷に曝されると、うつ状態や不安亢進などの精神不調が起こる。未解明の課題として、ストレス経験そのものは短時間でも、その後に不調が継続するという点がある。これは単純な「刺激-反応」の枠組みでは説明できない現象であり、ストレス応答を継続させる何らかの生体機構が備わっているはずである。本研究では、この原因として、ストレス経験の記憶が、脳で過剰に繰り返し再活性化されるためという仮説を立てた。一般的な記憶メカニズムとして、獲得した記憶を神経回路に固定するには、同じ神経活動の繰り返し再生が必要である。このメカニズムは、本来、生存にとって大切であるが、ストレス応答に対して働くと、神経活動が過剰に反復されることになり、精神障害や臓器不調を誘発する要因にもなると考えられる。本研究では、記憶とストレス応答の両方にかかわる脳領域として腹側海馬に着目した。腹側海馬は、ストレス負荷時に活動することが知られている。本年度は、マウスにストレス経験をさせた直後に、腹側海馬を薬物処置により抑制すると、その後の社会行動の低下が起こらなくなることを見出した。これはストレス記憶によってストレス反応が増悪するという可能性を因果的に示す証拠である。さらに、腹側海馬の詳細な神経活動を解明するために、脳表から深い(ラットでは6 mm以上)位置に存在する腹側海馬への最適な電極アクセスのための実験条件を見出した。これにより、ストレス反応にかかわる腹側海馬のスパイク列が検証できるようになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
前年度までの結果より、ストレス記憶を経験した後の記憶固定化の時期に腹側海馬の活動を消失させると、その後のストレス誘発性社会的相互作用の低下が観察されなくなることを明らかにした。すなわち、こうしたストレス応答には、腹側海馬の神経活動が必要であることが示唆された。本年度は主に、こうした腹側海馬の神経活動をより詳細に調べるために、脳深部へ電極を挿入する方法を改善し、電気生理学的な記録を試みた。まず、ベースラインとなる腹側海馬の神経活動を記録するために、ストレス負荷直前に、ホームケージで30分間のレスト記録を行った。次に、社会的敗北ストレスを負荷し、その後に、記憶の固定化に関与する神経活動を記録するために、ストレス負荷後から2時間ホームケージでレスト記録を行った。まず、個々の腹側海馬神経細胞の発火率を比較したところ、発火率が上昇する細胞が見出された。これらの神経細胞集団は、ストレス記憶の獲得に関与すると考えられる。次に、記憶の固定化に関与する神経活動として、海馬で生じるリップルと呼ばれる脳波に着目した。その結果、腹側海馬では、新奇環境への提示ではなく、ストレス負荷によってはじめてその後のリップルの発生頻度が上昇することが示唆された。さらに、腹側海馬神経細胞がリップルにロックして発火しているのかを検討するため、リップルの発生タイミングに対して、個々の腹側海馬神経細胞が発火するタイミングを調べたところ、ストレス負荷後には、ストレス記憶に対応した腹側海馬の神経細胞は、その後のリップル中に同期発火しやすくなることが示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
マウスに繰り返し社会的敗北ストレスを与えることで、社会的相互作用の低下など、うつ様行動が誘発されるが、これらの領域には腹側海馬のみならず、前頭前皮質や扁桃体、側坐核といった脳領域が関与する。これらの領域は、みな腹側海馬と投射関係を有している。そこで次年度は、これらの領域からも同時に電気生理計測を行い、例えば腹側海馬でリップルが発生した際に、どのような影響を受けるか解析する。また、うつ病患者は健常者と比較してネガティブな記憶を思い出しやすいことや、ネガティブな記憶を忘れにくく、逆にポジティブな記憶を思い出しにくいことなど、記憶との関連も示唆されている。さらに最近、腹側海馬歯状回の同じ細胞集団がストレス経験時に応答するほど、うつ様行動が惹起されやすくなることが明らかとなっている。これらのことを踏まえると、本研究で見出した腹側海馬におけるストレス経験の記憶の固定化が、うつ病発症の引き金となっている可能性がある。このことを因果的に検証するために、最近我々が開発した海馬リップルフィードバック阻害法を適用する。これにより、ストレス記憶の後のリップルを人為的に消失させた場合に、その後の社会的相互作用がどのように変化するか調べる。最後に、もし記憶の固定化がうつ病発症の引き金となっているとすれば、こうしたストレス感受性の違いが、記憶の固定化の程度によって説明できる可能性がある。すなわち、ストレス感受性の低い個体では、あまり記憶の固定化が生じていない可能性がある。この可能性を調べるために、記憶の固定化の度合いとうつ様行動の相関解析などを行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究では、当初本年度中に光遺伝学的手法を用いた検討を行う予定であったが、進捗状況から、これは次年度に行うこととした。そのため、本実験に必要な経費は次年度に使用することとした。
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