精神的ストレスは、不安の増加、社交性の低下やうつ病などの症状を引き起こすが、ストレス応答には大きな個体差があり、感受性と抵抗性のフェノタイプに分類される。ヒトおよび動物の多数の研究から、扁桃体や腹側海馬など、感情関連の脳領域の協調的な生理活動に起因することが明らかになっている。特に、腹側海馬は、情動や社会性記憶を表象し、ストレス感受性の調節に関与している可能性が示唆されている。一方で、海馬が記憶に重要な役割を担うことを考えると、腹側海馬におけるストレス記憶の処理がストレスによる精神症状の発達において主要な要因である可能性がある。そこで本研究では、脳深部領域の1つである腹側海馬の記憶に関わる神経活動がストレス感受性を引き起こすかどうか調べた。まず、ストレスを負荷したマウスから腹側海馬の組織サンプルを回収し、ストレス感受性に関連する遺伝子を同定した。次に、ストレス抵抗性を向上させるようなウイルスベクターを作成し、遺伝子ノックダウン手法を利用して、ストレス抵抗性マウスを作成した。さらに、こうしたマウスから腹側海馬の神経活動に及ぼす影響を神経スパイク記録法(マルチユニット記録法)を用いて調べた。その結果、ストレスを負荷した後には、腹側海馬においてシャープウェーブリップルが増加していることを見出した。こうした特徴的な活動は、ストレス記憶を表象する神経細胞集団の同期的な再活性化と相関していることを見出した。さらに、こうした神経活動を、オンラインフィードバック操作技術によって制御したところ、ストレス応答性に関連した行動が変化することを見出した。以上の結果から、腹側海馬のシャープウェーブリップルによって規定されるストレス記憶をはじめとしたネガティブな記憶を司る神経細胞集団の再活性化が、ストレス感受性を決定するための重要な神経生理学的基盤として機能することが示唆された。
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