研究課題/領域番号 |
21K19357
|
研究機関 | 東京理科大学 |
研究代表者 |
昆 俊亮 東京理科大学, 研究推進機構生命医科学研究所, 講師 (70506641)
|
研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2024-03-31
|
キーワード | リンパ行性転移 / リンパ管侵襲 / EndMT |
研究実績の概要 |
悪性化したがん細胞は血行性もしくはリンパ行性に転移し、遠隔臓器に生着することが癌の主たる死因である。がん細胞の血行性転移についてはこれまで精力的に研究が行われているのに対し、がん細胞がどのようにしてリンパ行性に転移するかはよく分かっていない。そこで本研究では、我々の研究グループで作出されたリンパ指行性に転移するde novo発がんマウスを用いて、がん細胞のリンパ行性転移機構の解明に取り組んだ。まず、マウス腸管にてde novo型に発がんした後、乳糜管の構造をwhole mount染色法にて観察した結果、腫瘍の進展に伴って、経時的に乳糜管が退化していくことが分かった。また、腫瘍部位における乳糜管の機能をオイルレッドを用いて検討した結果、正常部に比べて腫瘍部でオイルレッドの吸収率が顕著に低下していたことから、がん細胞は乳糜管構造を退化させることによってリンパ行性に転移することが示唆された。続いて、腫瘍部におけるリンパ管内皮細胞の性状変化を解析するために空間的遺伝子発現解析を行ったところ、内皮-間葉転換(EndMT;Endothelial-to-Mesenchymal Transition)のマーカー分子が腫瘍部で著増することを見出した。そこで、EndMTマーカーであるTransgelinの免疫染色を行った結果、がん細胞に近接するリンパ管内皮細胞でTransgelinの発現が認められた。これらの結果より、がん細胞はリンパ管内皮細胞にEndMTを誘導することによりリンパ管構造を脆弱化し、リンパ管内に侵襲することが示唆された。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
我々の研究グループでは、腸管上皮細胞層に少数の活性化Ras変異細胞を産生することが可能な細胞競合マウスモデルを作出し、ほとんどのRas変異細胞が細胞競合によって管腔へと排除されることを報告した(Kon et al., Nat. Cell Biol., 2017)。続けて、遺伝子変異の蓄積による細胞競合の機能変容を本マウスにて検討した結果、APC欠損下で活性化Ras変異をモザイク誘導すると、がん変異細胞の一部が基底膜へとびまん性に浸潤し、絨毛上部間質内で包巣を形成した。また、この腫瘍発生部の周辺には腺腫の成分が認められなかったことから、正常粘膜より直接的に発がんした(de novo型発がん)と結論づけた。さらに、Ras変異誘導20日後にはがん細胞は粘膜下層へと浸潤し、興味深いことにリンパ行性特異的に転移することが分かった。そこでde novoがん細胞出現から腫瘍形成に至るまでのリンパ管構造を解析するために、腸管のwhole mount染色法を立ち上げた結果、血管の構造は維持されているのに対し、リンパ管は退行することを見出した。そこで、乳糜管の機能的変化を検討するためオイルレッドを経口投与したところ、腫瘍部でのオイルレッドの吸収率が顕著に低下していた。続いて、空間的遺伝子発現解析であるVisiumを実施し、腫瘍部での遺伝子発現変化を網羅的に解析した結果、EndMTのマーカー分子が複数発現増加することを突き止めた。そこで、EndMTマーカーであるTransgelinやα-SMAの免疫染色を行った結果、de novoがん細胞に近接する血管内皮細胞でこれらの発現が顕著に増加していた。これらの結果より、de novoがん細胞はリンパ管内皮細胞にEndMTを誘導し、リンパ管構造を破綻させることによってリンパ管内に侵襲することが示唆された。
|
今後の研究の推進方策 |
これまでの研究結果より、APC/Rasの変異蓄積によって産生される高悪性度のがん細胞は、リンパ管内皮細胞にEndMTを誘導し、脆弱化したリンパ管内に侵襲することが考えられた。今後、EndMTのイベントががん細胞のリンパ行性転移に実際に寄与するかを検討するため、一般的なEndMT誘導因子として知られているTGF-βスーパーファミリーを阻害した時のがん細胞のリンパ管内への侵襲率、がん細胞の腸管膜リンパ節への転移率、さらにはマウスの長期生存率を評価する。さらには、がん細胞がEndMTを誘導する分子論的メカニズムを解明するために、新規にがん細胞とリンパ管内皮細胞とを共培養する培養細胞系を確立し、さらにはこれまでに行ったVisiumによる遺伝子発現情報も積極的に活用し、がん細胞と相互作用したリンパ管内皮細胞で生じる遺伝子発現変化を詳細に解析する。EndMTに関連し得る遺伝子群をリストアップし、それらの発現をマウス生体内もしくは培養細胞を用いて観察する。さらには、それらの機能的重要性を検討するために、ゲノム編集法により活性を低下させた時のEndMT誘導やがん細胞のリンパ管侵襲への影響を検討する予定である。
|