脳と末梢組織は、互いに情報を交換して協調的に機能し、内部状態の変化を一定の範囲内に収める「恒常性」を維持している。脳(中枢神経系)は外環境や体内の生理状態を検知し、その情報をもとに末梢組織の機能を制御する、恒常性の司令塔として機能する。したがって、生体の恒常性メカニズムの理解には、脳による各末梢組織の制御メカニズムの理解が必要不可欠である。しかし、昨今の神経科学の技術進歩にも関わらず、その間を結ぶ脳―末梢間の神経回路の解析は、いまだに進んでいない。特に、自由行動下の動物において、脳―末梢間の神経回路がどのように活動するか、ほとんどわかっていない。本研究では、自由行動下の動物において、それぞれの末梢組織を制御する脳―末梢間神経回路の神経活動を特異的に計測できる、新しい技術を開発する。 仮性狂犬病ウイルス(Pseudorabies virus;PRV)は、神経細胞へ感染後にシナプス結合を介して別の細胞に逆行的に(下流から上流の神経細胞へ)感染する。目的の末梢組織の神経細胞にPRVが感染すると、PRVは順次輸送され最終的に脳の神経細胞へ感染する。本研究では「末梢組織から脳まで移動して、脳の感染細胞に影響を与えず目的遺伝子を発現できる」新しいPRVの開発をおこなった。まず、遺伝子Xを欠損したPRVを作出し、このウイルスが細胞に毒性を与えることなく、長期間にわたり様々な遺伝子を発現できることを見出した。次に薬剤依存的に遺伝子Xの発現が制御され、逆行的感染を時間的に制御できる遺伝子組換えPRVを作出した。このPRVを用いて、ウイルス神経回路内の輸送を時間的に制御し、輸送先の神経細胞で外来遺伝子を安定的に発現できることを確認した。 以上の成果により、脳―末梢間神経回路の神経活動の計測に必要な基盤技術の開発に成功した。
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