本研究では、私たちが機能解析に取り組んできたがん悪性化因子phosphatase of regenerating liver(PRL)を高発現させた細胞が、弱アルカリ環境で細胞分裂に共役して死ぬ現象にフォーカスして、その分子メカニズムや生物学的重要性を明らかにすることを目的としていた。前年度の研究成果として、PRLを高発現させた細胞では分裂の進行に異常を来しており、染色体数の異常を伴うことを見つけていた。また、私たちが以前の研究で見つけていたPRLの機能阻害標的分子CNNMの培養細胞でのノックダウンや、遺伝子ノックアウトマウスの腸上皮細胞の解析で、PRL高発現と同様の分裂異常が生じることも見つけていた。最終年度の2023年度には、この分子機構解明に取り組み、特にCNNMの機能異常によって起こる細胞内Mg2+の過剰蓄積に伴うATPの量増加を確認した。またこのとき、エネルギー状態によって活性制御を受けるAMPキナーゼの働きに顕著な異常が生じていることを見つけた。AMPキナーゼは細胞分裂に必須の役割を果たすことが知られ、特に分裂期においてはリン酸化型のAMPキナーゼが分裂装置のさまざまな場所に局在していることが知られる。興味深いことにPRL高発現細胞ではキネトコア部でのリン酸化AMPキナーゼのシグナルが減弱しており、他の分裂装置への局在には影響していなかった。さらにAMPキナーゼを強制的に活性化できる薬剤処置で、PRL高発現による分裂異常をレスキューできることも明らかとなった。これらの研究成果は、PRL高発現がAMPキナーゼの特定機能に影響して細胞分裂期における染色体配置を乱しており、それががん悪性化につながる可能性を示唆している。
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