研究課題/領域番号 |
21K19407
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
菊池 章 大阪大学, 医学系研究科, 教授 (10204827)
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研究分担者 |
松本 真司 大阪大学, 医学系研究科, 准教授 (20572324)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2023-03-31
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キーワード | Wntシグナル / Wnt5a / 線維芽細胞 / 大腸がん / 腸管炎症 |
研究実績の概要 |
病態形成に関わる線維芽細胞の経時的な変化を明らかにするために、正常大腸、炎症誘導された腸管、大腸がん組織由来の線維芽細胞の1細胞RNAシーケンス(scRNA-seq)の結果を統合解析した。その結果、正常大腸では大きく分けて4タイプの線維芽細胞サブセット(Wnt5a発現線維芽細胞、筋線維芽細胞、正常線維芽細胞1、正常線維芽細胞2)が存在することが判明した。炎症が惹起されると、2タイプの正常線維芽細胞それぞれから炎症病態特有の線維芽細胞が誘導された。さらにその炎症を背景として発がんに至ると、同様に2タイプのサブセット(iCAF、mCAF)が認められた。Wnt5a発現線維芽細胞と筋線維芽細胞については各病態に共通して存在していた。異なる病期のデータを統合することで、時間的変化を反映した線維芽細胞リモデリングの全体像を明らかにした。次にWnt5a KOマウスにおける変化を解析したところ、腫瘍環境においてmCAFが減少することが分かった。リガンド―受容体の発現プロファイルから細胞間相互作用を定量評価したところ、Wnt5a発現線維芽細胞はmCAFと最も強く相互作用していた。すなわち、腫瘍環境内においてWnt5a依存的にmCAFが維持されていることが示唆された。また軌道解析によりWnt5a KOマウスではmCAFから異なるサブセットへ移行することが分かり、Wnt5aがリモデリングの制御因子である可能性が示された。さらに各細胞群のマーカー遺伝子を同定し、モデルマウスがん組織においてRNA in situ hybridization法を用いて、線維芽細胞集団の空間的変化を解析したところ、Wnt5a KOマウスでは腫瘍近傍に存在するmCAF集団が減少することが判明した。これまでの結果から、生体内の細胞間ネットワークにおけるWnt5aの新規の発がん促進シグナルを同定することができたと考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の実施計画では主に3点の解析を計画した。まず「①線維芽細胞リモデリングの1細胞RNAシーケンス解析」については、概ね当初の予定どおり遂行できた。病態形成の時間的な変化を捉えるため、異なる複数の病期のscRNA-seqデータを統合し解析した。さらに解析プラットフォームの違いによる解析可能な細胞の乖離をなくすため、2つのプラットフォーム由来のデータを統合し、発がんに至る線維芽細胞リモデリングの全体像を初めて明らかにした。そこで得られた知見に基づき、実施計画どおりWnt5a KOマウスにおける線維芽細胞集団への影響を解析できた。当初はWnt5a KOによって特定の細胞集団の遺伝子発現が変化する可能性を考えていたが、Wnt5a KOによって特異的なサブセットの割合が減少するという結果が得られた点が、興味深い。次に「②線維芽細胞リモデリングの細胞動態解析」については、当初の計画の50%を達成できている。上記①にて各線維芽細胞のマーカー遺伝子を同定し、RNA in situ hybridization法を用いた各細胞の空間配置が明らかになったので、各発がん過程における空間配置の変化を解析できる準備が整ったと考えている。「③線維芽細胞リモデリングの数理解析」についても予定どおり進捗している。scRNA-seq解析の結果、Wnt5a発現線維芽細胞自体の割合は腫瘍環境で大きく変化しないものの、1細胞あたりのWnt5aの発現量が上昇することが分かった。またマウス大腸がん組織より単離した線維芽細胞を用いた解析より、Wnt5aがTGFβシグナル依存的に発現誘導されることを見出した。TGFβ刺激によるWnt5aの発現誘導モデルを構築できたことから、刺激時間依存的なWnt5a発現量のモニタリング結果をもとに、数理モデルへ展開する準備ができている。
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今後の研究の推進方策 |
「②線維芽細胞リモデリングの細胞動態解析」において、Wnt5a KOによる線維芽細胞集団の空間配置の変化を経時的に評価する。また、当初は各細胞集団を特異的なマーカー遺伝子によって単離し機能解析することを計画していたが、細胞単離に適した、すなわち、細胞表面に発現する特異的な遺伝子の同定が困難であった。そこで、各サブセットを制御する転写因子もしくはシグナル経路をscRNA-seqの結果をもとに推定し、マウス大腸がん線維芽細胞株や初代培養線維芽細胞に遺伝子操作や薬剤処理を加えることで、各サブセットへの誘導をはかる。各サブセットを模倣するモデル細胞が樹立できれば、マウス大腸がんより作製したオルガノイドとの共培養を行い、細胞動態を明らかにしたいと考える。 「③線維芽細胞リモデリングの数理解析」については、すでにTGFβ刺激によるWnt5aの発現誘導モデルを構築できていることから、刺激時間依存的なWnt5aの発現量やSMADリン酸化といったTGFβ構成因子の変化を求め、それらを数理モデルに組み込んでWnt5aの発現制御機構を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和3年度は、前年度に行った1細胞シーケンスの結果を得ることができ、そのデータを元に、種々のデータベースとの統合解析を行い、一定の成果を得ることができた。このために、令和3年度の1細胞シーケンスの経費を令和4年度に使用することとし、新たな実験計画を行うこととした。令和3年度にWnt5aが発現する特定の線維芽細胞を同定することができたので、令和4年度はWnt5a発現細胞の下流シグナルを探索するために、1細胞シーケンスを行ない、本研究目的を達成できると考えている。
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