研究課題
アルツハイマー病(AD: Alzheimer disease)では剖検脳の解析に基づいて、「神経変性は嗅内野など側頭葉皮質から始まり、マイネルト基底核のコリン作動性神経に変性が進展することで記憶障害を発症する」いう考えが有力視されてきた。しかし、生前の認知機能が正常とされた高齢者の剖検脳の解析でマイネルト基底核の変性が指摘され、「変性はマイネルト基底核から始まり、この変性だけでは記憶障害は発症しない」という対立する考えも提案されている。この論争に決着がつかないのは、剖検脳の解析に基づくために症候との対応が容易でなく、経時的な変化の評価ができないためである。最近の技術革新により、7テスラ超高磁場Magnetic resonance imaging (MRI)を用いることで剖検脳の肉眼解析に匹敵する、あるいは上回る高感度・高解像度の画像評価が可能となってきた。そこで本研究では、脳アミロイドβ(Aβ)陰性の健常高齢者、記憶は保たれるがAβ陽性のAD高リスク症例、Aβ陽性の軽度認知機能障害患者を対象として、7テスラMRIによるマイネルト基底核と側頭葉皮質の超高感度・高解像度撮像と症候評価を経時的に行い、横断及び縦断評価によって、脳領域の変性と発症の相関を明らかにすることで、論争に決着をつけることに挑戦する。神経変性疾患では、異常タンパク質が細胞間を伝播することによって変性が一定の様式で進展するという仮説が受け入れられつつある。異常タンパクを除去する根本的治療が開発できれば「変性がどこから始まってどのように広がるのか、変性の広がりと臨床症候はどう対応するのか」は治療介入時期の決定に必須の情報となる。
2: おおむね順調に進展している
非侵襲的脳画像の進歩によって、ヒトの大脳皮質の理解は大きく進展したが、皮質下核の理解は大きく遅れをとっている。その中でもマイネルト基底核は、認知症の主な原因であるAD、そしてびまん性レヴィ小体型認知症(DLB: Dementia with Lewy bodies)の両者で病態の鍵になると考えられているにもかかわらず、解明は進んでいない。今年度は、生体脳でマイネルト基底核を計測するため、最新の7テスラMRIの強みを生かし、組織鉄やミエリンを鋭敏に検出するT2*系撮像、中でも発展が著しい定量的磁化率マッピング(QSM: Quantitative susceptibility mapping)の開発を行った。生体脳の超高感度・高解像度撮像によって、ミエリンが豊富な白質に囲まれたマイネルト基底核の細胞群と考えられる構造物を検出した。剖検脳を用いた長時間撮像でも、前交連(AC: Anterior commissure)レベルの冠状断で、線条体・淡蒼球の腹側白質内に低信号を示すマイネルト基底核と考えられる構造物を同定した。さらに、先行研究で報告されている側頭葉皮質の神経変性を高感度に検出するMPRAGE (Magnetization prepared rapid gradient echo)技術 (Giovanni B et al., Nat Rev Neurol 2011)の導入を行った。その上で、正常コントロールとして、記憶検査が正常かつ髄液あるいは脳アミロイドポジトロン断層法でAβ陰性が確認されている健常高齢被験者のリクルートと撮像を開始した。被験者は今後2年間追跡して、MRIと記憶検査の再評価を行う予定としている。
本研究計画の1年目に実施した第1ステップで、最新の7テスラMRIの強みを生かした定量的磁化率マッピング(QSM: Quantitative susceptibility mapping)の開発と、MPRAGE (Magnetization prepared rapid gradient echo)技術の導入によって、生体脳の超高感度・高解像度撮像を実現した。計画の2年目以降に実施する第2ステップでは、臨床研究に参加した健常ボランティア及び京大脳神経内科外来にもの忘れで受診した患者のうち、記憶検査が正常で、髄液あるいは脳アミロイドポジトロン断層法でAβ陰性あるいは陽性が確認されている健常高齢者、AD高リスク症例を各20名、Aβ陽性の軽度認知機能障害患者20名をリクルートする。そして今後、これらの被験者を2年間追跡してMRIと記憶検査の再評価を行う。本研究構想では、個体内の変性進展の時間的・空間的プロセスを、生体脳の観察によって解明することに挑戦する。神経変性の進展に複数パターンが存在するなど、剖検脳の横断的研究によって明らかにすることが困難な場合でも、生体脳の縦断的研究が解明を可能にすることが期待される。また、臨床症候の発症時期と、その原因となる神経変性の相関を明らかにするために、AD高リスクの生きた患者の生体脳の観察を行う意義は大きい。
撮像法開発を前倒しし、被験者撮像が後に実施することにしたため、謝金などが残となった。令和4年度以降に執行する予定としている。
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