肺動脈性肺高血圧症(PAH)は、未治療の場合の5年生存率が50%という致死性疾患である。重症患者を救う唯一の手段である肺移植はドナー数が限られ、内科的多剤併用療法によっても進行する右心不全によって命を落とす症例が後を絶たず、根本的治療薬の開発が急務とされる。肺移植施設である東北大学病院は重症患者を多く抱え、肺血管拡張薬の多剤併用療法によっても助けられない症例が依然多い。これまで我々は、患者由来の肺組織や肺動脈血管平滑筋細胞(PASMC)を用いて網羅的オミックス解析や候補遺伝子・病因蛋白のスクリーニングを行った。我々は、遺伝子発現変動の網羅的な解析により、肺高血圧症患者由来の肺動脈血管平滑筋において5倍以上の発現上昇を示す遺伝子(蛋白)群を発見し、この遺伝子群が肺動脈血管平滑筋増殖作用及び肺動脈内皮細胞の機能障害を来すことを確認した。既存のPAH治療薬は、血管拡張を主たる作用機序としているため、病態が進行し血管内腔が狭くなると効果が限定的となる。一方、この遺伝子群を標的とする治療薬は、血管内腔の狭小化に重要な働きを示す血管平滑筋細胞増殖を抑制できる可能性が高く、根本治療薬として期待される。最初に発見した蛋白Aについては血液中で測定可能な分泌蛋白であり、その抑制によりPAHは改善した。さらに我々は、肺組織特異的な発現上昇を示す蛋白Bを発見し、蛋白BがPASMC増殖作用及び肺動脈内皮細胞の機能障害を来すことを確認した。さらに、蛋白BをPASMC特異的にノックアウトしたマウスでは有意に肺高血圧の発症が抑制できたことから、蛋白Bに対する抑制薬を作製できれば、これまでとは異なる作用機序による新規PAH治療薬を患者に届けることが可能である。本研究では、以上の知見に基づき、世界初の医薬品開発を行った。
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