研究課題/領域番号 |
21K19472
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
佐藤 伸一 東京大学, 医学部附属病院, 教授 (20215792)
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研究分担者 |
吉崎 歩 東京大学, 医学部附属病院, 講師 (40530415)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2023-03-31
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キーワード | 強皮症 / 自己免疫 / 自己抗体 / 自己抗原 / マウスモデル |
研究実績の概要 |
全身性強皮症(SSc)は膠原病の一つであり、線維化(皮膚硬化、肺線維症など)、血管病変(レイノー症状、潰瘍、肺高血圧症など)、免疫異常(自己抗体産生など)を呈する自己免疫疾患と位置づけられている。重症型のSScでは10年生存率は約70%であり膠原病の中で最も予後不良である。SScでは抗topoisomerase I(topo I)抗体を始めとする自己抗体がその90%以上に陽性となる。自己抗体は発症以前から存在し、自己抗体はSScの病型、予後、疾患活動性、重症度などと密接に相関する。従って自己抗体はSScの病態形成に密に関わっているとされている。しかしSScの自己抗体には病原性はないと一般的には考えられている。その理由としては、①自己抗体が細胞膜を通過して細胞内に入るという証拠がない、②もし仮に自己抗体が細胞内に入ったとしても、topo IなどのSSc関連自己抗原は核内に存在する細胞分裂に必須の分子であり、その機能を抑制すると細胞死が誘導される、③自己抗体が細胞分裂を抑制することと線維化との関連性が全く不明であるなど、が挙げられる。しかし前述の如く自己抗体が示す高い臨床的意義を考慮すると、SScにおいて自己抗体には病原性がないとは一概には言い切れない。自己抗原のエピトープは高次構造上にあり2個以上の非連続性のポリペプチド上に分散していることである。従って交叉反応を正しく評価するために、高次構造を保った分子との反応を検討することが不可欠である。本研究の目的は、独自の技術による高次構造を維持したヒト蛋白質アレイを用いて蛋白質をSSc患者血清で網羅的にスクリーニングしSScの自己抗体と交差反応する細胞外分子、すなわち真の自己抗原を同定することである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究ではヒト完全長cDNAライブラリから作成される、高次構造が保たれたヒト蛋白質アレイ(HuPEX)を用いる。このHuPEXを活用して新規iPS誘導促進因子Glis1が発見されるなど、その質は担保されている。本研究ではSSc患者血清300検体以上を用いてHuPEXをスクリーニングする。もし新たな細胞外自己抗原が同定されれば、それを用いてマウスを免疫しSSc様の病態が生じるかを検討することによって病原性を評価する。今年度はSSc患者検体を用いた自己抗原の解析を実施している。目標である300検体の入手は完了しており、HuPEXによる解析を実施中である。すなわち、本研究では当初の計画を前倒しに進められていることを意味しており、このことから、本研究は当初の計画以上に進展している、と判断した。また、自己抗体の出現と、臨床データとの相関を検討しており、既にいくつかの新たな自己抗体は、SScの病勢と相関することが明らかになっている。SScにおいて過去に報告されている自己抗体よりも多数の自己抗体が検出されており、このような網羅的な解析は過去に存在しないことから、その臨床的、学術的な意義は大きいと考えられる。興味深いことに、病勢を反映すると思われる特異的な自己抗体以外に、本研究では、自己抗体の総和が病態を反映することが示唆されている。そして一部の自己抗体は、病勢の強さを反映するだけでなく、病気の進行が抑制されている可能性を示しており、自己抗体の出現と疾患の関わりは複雑であることを裏付けている。現時点においても、今回の研究は、患者の新しい病勢マーカーを見出しており、実臨床に適応可能という点で、社会的重要性が大きい研究と言える。
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今後の研究の推進方策 |
「SScは自己免疫疾患である」ということは教科書にも記載されていることであり、一般に広く信じられているドグマである。このように自己抗体の存在によって自己免疫疾患と位置づけられてきたSScであるが、SScの自己抗体研究者が考えているように自己抗体に病原性がないのであれば、「SScは自己免疫疾患ではない」ことになってしまう。これまでSScの自己抗体研究者にとって、「自分はSScの自己抗体を研究しているのであるが、その自己抗体には病原性がなく、SScも自己免疫疾患ではない」というジレンマが常につきまとい研究者を大いに悩ませてきた。「SScは本当に自己免疫疾患なのか?」という、これまで全く答えられてこなかった本質的な問いに答えようとするのが本研究の目的である。この観点から本研究はまさに挑戦的であるといえる。これまで自己抗体には病原性がないと自己抗体研究者は考えてきたが、本研究で自己抗体は細胞外分子と結合することによって病原性を発揮することが明らかとなれば、「SScは自己免疫疾患である」と結論づけることができ、これまでの研究者のジレンマを一掃することができるのみならずSScの病態を新しい視点で捉え直すことが可能となる。さらにそこに病原性のある自己抗体の機能を抑制するような、新たな治療ターゲットが生じてくる可能性もある。またSScの自己抗体が細胞外分子と結合することが明らかとなれば、他の膠原病についても同様の考え方が応用可能であり、膠原病全体において病態生理を捉え直す絶好の機会にもなる。このような観点から本研究のインパクト、発展性、応用性は極めて大きいといえる。本研究ではSSc患者血清300検体以上を用いてHuPEXをスクリーニングする予定であるが、既に完了しつつあることから、今後、対象疾患を広げる予定である。
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