研究課題/領域番号 |
21K19602
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研究機関 | 岡山大学 |
研究代表者 |
井澤 俊 岡山大学, 医歯薬学域, 准教授 (30380017)
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研究分担者 |
加治屋 幹人 広島大学, 病院(歯), 教授 (00633041)
早野 暁 岡山大学, 大学病院, 講師 (20633712)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2024-03-31
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キーワード | アリルハイドロカーボン受容体 / 口腔組織修復 / マクロファージ / シグナル伝達解析 / 口腔オルガノイド |
研究実績の概要 |
近年、大気中のPM2.5やタバコの煙に含まれるダイオキシン類による健康への影響に社会的関心が高まり毒性リスクの評価や環境基準値の設定が求められている。歯を支持する役割を担う歯周組織は、食事に伴う咬合力の負担に耐えるために、他の組織に比べて代謝や修復が盛んに行われている。そのため、タバコの煙に毎日暴露されている歯周組織への悪影響は顕著とならざるを得ない。このような口腔の解剖学的特徴により、タバコの煙は様々な面で口腔に悪影響を及ぼす。ダイオキシン受容体として知られる転写因子AhRは、様々な組織に発現がみられ、最近になって一部の免疫細胞にも高発現していることが明らかになってきている。内分泌撹乱物質を含む喫煙が歯周炎や口唇口蓋裂のリスクファクターであることは疫学的にはよく知られた事実であるが、そのメカニズムは十分に明らかにされていない。核内受容体として知られるAhRに対する各種AhRリガンドが喫煙によって生じるタバコの煙中に多く含まれる。その中でも強力なAhRリガンドの一つがベンツピレン(benzo[a]pyrene; B[a]P)である。そこで、タバコの粒子相成分の一つであるB[a]P等が結合するAhRに着目した。本研究ではマクロファージにおけるB[a]P/AhRシグナル伝達経路を詳細に解析し、喫煙などによって生じる化学物質などの外的因子が口蓋の創傷治癒に及ぼす影響について検討することとした。野生型マウスにB[a]Pを経口投与後、口蓋粘膜創傷治癒解析を行った結果、B[a]P投与群において創傷治癒が遅延していることを明らかにし、さらに細胞系譜解析とパラビオース解析を組み合わせることでB[a]P経口投与マウスでは組織修復マクロファージの集積が破綻していることを予備実験により見出している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
タバコの煙中に含まれるB[a]Pを野生型マウスへ経口投与した結果、口蓋粘膜の創傷治癒が遅延していることが明らかとなった。一方で、AhR欠損マウスへの投与では口蓋粘膜の創傷治癒に変化を認めなかった。さらに、野生型マウスBaP経口投与群ではM1マクロファージの集積が優位となり、組織修復M2マクロファージの集積は減少していた。創傷治癒時のマクロファージ集積が浸潤によるものであれば、頸部リンパ節、脾臓、血中の単球やマクロファージを発症の経路に応じて追跡することによって浸潤経路を明らかにしている。また、口腔粘膜組織での病態に応じたケモカインや脂質メディエーターの浸潤メカニズムを解析したところスフィンゴリン脂質の一つであるS1PとそのレセプターS1P1の関与を同定することができた。また、生体におけるデリバリー方法としてナノ粒子やアテロコラーゲン法によるマクロファージへの導入について検討を行った。この方法は生体に対する安全性が確立されており体温程度の温度変化によりゾル状からゲル状に変化するため粘膜創傷部に対し、より局所での投与や軟膏状での塗布が可能であり導入効率も上昇することが明らかとなった。
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今後の研究の推進方策 |
Loserらによると、紫外線照射によりケラチノサイトからRANKL発現が誘導され、RANKLは表皮のランゲルハンス細胞に作用する。RANKL刺激を受けたランゲルハンス細胞はリンパ節でTregを誘導し、免疫抑制に関与すると報告しているものの、口腔粘膜の修復機構とB[a]P/AhRシステムとの関係性については未だ不明な点が多い。そこで、研究代表者による実験的歯周炎モデルマウスやマウス口蓋粘膜の創傷治癒モデルが確立できたことから、今後はモデルマウスからの試料を用いたシングルセル遺伝子解析の実施を準備、計画して行く予定である。また、リニエージングトレーシングやパラビオーシスといった最新の手法を駆使しB[a]P経口投与マウスでの組織修復M2マクロファージの集積が破綻している可能性を探索する予定である。さらに、ex-vivo実験にて検証された候補遺伝子についてオルガノイドモデル、最終的にはゲノム編集技術を応用し、候補遺伝子の欠損マウスを作成しフェノタイプの詳細な解析を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍で現地開催、対面での発表を予定していた学会発表や研究会がオンラインやオンデマンドによる開催となったため。マウスのサンプル調製や条件設定に慎重となった結果、予想外に時間を要したため次年度使用が生じた。近年、位置情報となるインデックス配列が付与されたcDNAを合成することで、空間的位置情報を持つ全トランスクリプトーム解析(Spatial-Seq)が可能となった。そこで、AhRが創傷治癒のどの段階で免疫細胞の機能を調節し、病態に対して影響を与えているかを解析するために確立されたモデルマウスを用いたSpatial-Seqに対しての使用を計画している。
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