研究課題
本年度に行う研究の第一の目的は、本研究で提唱する「インバース・ジェネティクス方法論」を、軟骨細胞を用いて検証することであった。この方法論は、細胞がiPS細胞にリプログラミングする過程を解析し、時間を遡る形で細胞の分化過程を明らかにしようという試みである。初年度の研究ではまず、ヒト正常軟骨細胞が山中4因子 (OSKM) によってiPS細胞様のコロニーを形成することを、おそらく世界で初めて確認できた。さらに軟骨細胞にOSKMに加えて、軟骨細胞分化のマスター遺伝子であるSOX9を発現させることでリプログラミングを阻害することにも成功した。つまり「リプログラミング過程は分化の逆行である」という仮説の裏付けは得られていた。しかしこのリプログラミングに向かう細胞を1細胞解析で追うために必要なOSKM導入効率と、フィーダー細胞の除去方法などを初年度は得るに至らなかった。しかし本年度はOSKMに加えてさらに2因子 (OSKM+2) を同時発現する一体型山中因子発現ウイルスベクターの導入によって前者の問題を、そしてフィーダー細胞不要の培養システムの確立により後者の問題を一挙に解決することができた。これら新実験システムの下、ヒト正常軟骨を効率よくiPS細胞に導き、その過程で細胞のトランスクリプトームが刻々と変化する状況を毎日、10日間に渡ってゲノムワイドでモニターすることに成功した。その結果、OSKM+2強制発現のわずか2日で軟骨細胞のトランスクリプトームはiPS細胞に向けて大きな変化を見せ、3日目にはiPS細胞にきわめて近くなり、その後一週間をかけてiPS細胞に到達することが明らかになった。最も重要なことは、2日目にSOX9の発現が急激に低下したことで、これによってインバース・ジェネティクスを支える仮説「リプログラミングは細胞分化の道筋の逆行である」ことの直接的証拠が得られたことになる。
2: おおむね順調に進展している
初年度は技術的ハードルに躓きつつも、それを解決する方法論を模索し、本年度で一気に遅れを取り戻すための礎を築いた。そして本年度は方法論をさらに改善し、細胞培養などの失敗を経ながらも1細胞トランスクリプトーム解析に進んで仮説を実証するに至った。これによってインバース・ジェネティクスの方法論の有用性が確認され、軟骨細胞の分化を決定づける新規遺伝子の候補も得られた。これだけでは初年度の目的を達成したレベルであるが、同時に軟骨細胞の後期分化を支配する因子について貴重な情報が得られた。さらに同じ方法を用いて、歯乳頭由来幹細胞の分化経路を時間を遡って追跡することにもすでに着手している。これは研究開始時には後続研究と位置付けていたものである。以上を総合的に評価すると上記のような進捗状況にあるとするのが妥当である。
本研究は開始当初2年間での完了を予定していた。しかし仮説の検証に成功した今、開発した方法論を応用した新たな研究もすでに開始していること、加えた得られた知見に基づく研究の新たな展開も可能となったことから、期間を1年延長して研究を続行することとした。今後は新方法論を応用することで、予想外の展開を研究にもたらす可能性も高い。したがって、その都度得られた結果を十分に検討し、研究計画の変更、再構築を躊躇わずに柔軟な姿勢で研究に臨むことが肝要と考えている。
研究チームに加わっていた大学院生の課程修了に伴う交代や、実験システムの再検討のため研究の実施に遅れが出ていた。このため2020年度末に研究期間の延長を申請し認められた。次年度使用額分の基金は、延長研究期間である2023年度での研究実施のために使用する。
すべて 2023 2022 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (6件) (うち国際共著 1件、 査読あり 6件、 オープンアクセス 4件) 学会発表 (19件) (うち国際学会 3件、 招待講演 2件) 備考 (1件)
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