研究課題
胎盤は母体と胎児を結び,血液を介して栄養や代謝物,ガスの交換を行う精密な組織である。胎盤組織の恒常性は,母体の健康状態と胎児の成長発育に大きな影響を与え,その障害は,母体の高血圧症や肝臓・腎臓の機能障害,胎児の成長発育阻害に直結する。歯周病は歯周組織のみならず全身の健康状態に影響を及ぼす炎症性疾患である。妊娠中の母体が歯周病に罹患すると,母体の重篤な疾患や胎児の成長発育阻害を誘導する。そのため,歯周病(原菌)が胎盤組織にどのような障害を及ぼすかを明らかにすることは,母体の健康と胎児の成長発育に理想的な口腔環境を築くために重要である。我々は,歯周病原菌固有のDNAが胎盤組織で検出されたことから,菌由来のDNAや病原因子の胎盤への移行機序および胎盤組織の構造や機能への影響について解析を行っている。近年,我々は歯周病原菌が小さな分泌物を恒常的に放出し,生体側の細胞に様々な障害を及ぼすことを報告してきた。この分泌物は,『細胞外分泌小胞』と呼ばれ,細菌の外膜に由来する小胞で,内部には菌固有のDNAや病原因子を豊富に含んでいる。本研究では,歯周病原菌由来の『細胞外分泌小胞』の胎盤への移行とその障害性について解析を行い,歯周病が胎盤を介して母子の健康に与える影響とそのメカニズムを明らかにすることを目的としている。本年度は,妊娠マウスにおける『細胞外分泌小胞』の胎盤組織への移行について解析した。歯周病原菌由来の『細胞外分泌小胞』を蛍光標識し,妊娠マウスの尾静脈に投与し,胎盤への移行を調べた。胎盤および胎児において,赤色蛍光が検出された。また,検出される蛍光強度の強さと胎盤および胎児の形成障害の度合いとの間に関連性が示唆された。以上の結果より,歯周病原菌由来の『細胞外分泌小胞』は胎盤および胎児に移行することおよび形成を阻害することが明らかとなった。
2: おおむね順調に進展している
本年度の目標である『細胞外分泌小胞』の胎盤組織への移行について達成できた。実験として歯周病原菌由来の『細胞外分泌小胞』を蛍光標識することに成功し,妊娠マウスの尾静脈に投与することができた。生体において蛍光標識物を検出する機器(IVIS spectrum)を用いて,胎盤だけでなく,胎児や子宮への移行を観察できた。歯周病原菌の『細胞外分泌小胞』に特異的なマーカー(gingipainなど)を指標に胎盤への『細胞外分泌小胞』の移行について調べ始めている。歯周病モデルマウスで同様の実験を行い,歯周病の重症化により『細胞外分泌小胞』の胎盤への移行が増加するか否かも検討できた。また,『細胞外分泌小胞』を長期投与した妊娠マウスの胎盤を採取し,HE染色や炎症性マーカーによる免疫染色を行い,形態変化や炎症の有無,免疫応答に関わる細胞の数などを調べる準備もほぼできている。
次年度は『細胞外分泌小胞』の胎盤・胎児に対する組織障害性を調べる予定である。まず,『細胞外分泌小胞』の生体内動態と胎盤・胎児の組織学的解析を行う。妊娠マウスに『細胞外分泌小胞』を投与し,胎盤と胎児を摘出し,以下の解析を行う。胎盤:組織切片をHE染色し,胎盤を構成する細胞の形態や血管構造をコントロール群と比較して観察する。必要に応じて,電顕による観察や血管樹脂鋳型標本を作製し,血管の体積,走行,血管内皮細胞の形態を詳細に解析する。胎児: 予備実験において,『細胞外分泌小胞』投与群の胎児の成長発育は有意に抑制されている。この要因を明らかにするため,組織切片と骨格透明標本(骨・軟骨を染色後に透明化)を作製する。また,各臓器からRNAを抽出し,分化マーカーの発現をqPCRで比較検討し,各臓器の形成・発達度や骨形成度に対する『細胞外分泌小胞』の影響を調べる。さらに,胎盤組織の蛋白質の抽出と質量分析による解析を行う。胎盤組織をホモジナイズし,蛋白質を抽出する。一方,数ミリ角にした胎盤組織を培養液中で数時間培養し,その上清中に放出される『組織由来の細胞外分泌小胞』を回収する。これらのサンプルに含有される蛋白質の種類と量を世界最高水準の質量分析器を用いて網羅的に解析する。得られたデータについてプロテオミクス解析することで,『細胞外分泌小胞』が胎盤組織・細胞の遺伝子・蛋白質の発現にどのような影響を与えるか調べる。胎盤組織の形成には秩序だった血管形成や配列が重要とされており,血管形成関連因子(VEGF, Angiogeninなど)に着目している。
本年度,『細胞外分泌小胞』を長期投与した妊娠マウスの胎盤を採取し,HE染色や炎症性マーカーによる免疫染色を行い,形態変化や炎症の有無を観察する予定をしていた。免疫染色に用いる抗体の使用条件の設定が予想していたより困難であった。そのため,一部の実験について,次年度に行うよう計画変更した。以上が次年度使用額が生じた理由であり,次年度の当初の目的に沿って使用する。
すべて 2021 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 4件、 査読あり 4件) 学会発表 (8件) (うち招待講演 1件) 備考 (2件)
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