研究課題/領域番号 |
21K19671
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研究機関 | 東海大学 |
研究代表者 |
遠藤 整 東海大学, 医学部, 准教授 (10550551)
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研究分担者 |
大和田 賢 東海大学, 医学部, 助教 (40756409)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2024-03-31
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キーワード | がん細胞 |
研究実績の概要 |
がんによる死亡の90%程度に転移が関わるとされており、がんの進展予防を推し進めていく上で、転移に関わる複雑な分子メカニズムの解明は最も急務にすべき課題の一つである。本研究では、がんの進展過程で必ず引き起こされる環境ストレスである「低酸素、低栄養、足場喪失」といった要因が、がん細胞の性質の変容を引き起こすことや転移促進に関与することを証明していきたいと考えている。 本年度は、環境ストレスの一つであるグルコース飢餓に焦点を当て様々な検討を行った。臓器横断的に検討をする目的のため、肝臓や膵臓を始めとする由来臓器の異なるがん細胞株を用いてグルコース飢餓環境で培養したところ、多くのがん細胞株はグルコース飢餓条件に適応し、しばらくの期間生存出来ることが分かった。その培養条件下において、多くのがん細胞株はエネルギー代謝に重要な役割を担うLKB1/AMPKシグナルの速やかな活性化を認めた。一方で、AMPKの特異的阻害剤の添加により細胞死が引き起こされることが分かった。また、グルコース飢餓または低グルコース条件下において、浸潤や転移に関わるMMP遺伝子の速やかな誘導が認められたことから、過酷な栄養環境から浸潤転移に向かう機序の一端であることが示唆された。次に、細胞増殖にとって必須となる足場を喪失させた環境を模倣するため、ポリメタクリル酸ヒドロキシエチル (Poly-HEMA)を細胞培養ディッシュにコーテイングし、各種がん細胞を培養した。足場喪失条件下において、多くのがん細胞は生存する一方で、不死化しているが腫瘍形成能を示さない細胞株は足場喪失条件による生存は不可能であった。また、その時のAMPKは非常に活性化している一方で、LKB1欠失細胞株でも生存していることから、AMPKが環境ストレス応答に最も重要な分子であることが推測された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
がんの環境ストレス応答分子の同定において、LKB1/AMPKシグナルが非常に重要であることが十分に考えられる結果を得た。これは当初の想定から大きく外れたものではなく、今後の研究を順調に進めて行くことが出来る。環境ストレス要因として掲げている低栄養、低酸素、足場喪失の各条件において、低酸素応答に対する検討が少し遅れている。低酸素インキュベーターの性能が不安定であったことから、低酸素環境を模倣する手段として塩化コバルト添加によるHIF1安定化条件による実験を進めることになった。ただし、塩化コバルト添加によっても速やかなAMPKの活性化亢進が認められたことから、低酸素環境下においてもAMPKの重要性が示唆されるデータが得られたことは研究を進めていく上で大きな手がかりになったと言える。これまでのがん研究領域において、がん細胞はグルコース代謝に依存して生存していると考えられる一方で、本研究結果からグルコースが欠乏した条件であったとしても、他の栄養素を利用して生存に向かう機序があることなどが推察され、大きな学術的進展が期待できるものと考えている。その他にも、LKB1/AMPKシグナル依存・非依存的な酸化ストレス適応に関わる機序や細胞内代謝に関わる新たなデータを得ることが出来つつあるので、当初の予定通り順調に研究を遂行できているものと判断した。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究結果より、環境ストレス適応分子の一つとしてAMPKが候補分子として考えられるデータを得ている。他にもさらに有望な分子もいくつか候補に上がっているため、それぞれの候補分子に関して発現抑制をするためのノックダウン安定発現株の樹立を行う。候補分子に対するshRNAを設計し、細胞株にトランスフェクションを行った後に薬剤耐性による選択培養を継続することで樹立する。それらの安定発現株の樹立までには時間が必要になるが、速やかな構築につなげるため候補分子に対するshRNA配列をいくつか用意し、効率的にノックダウン可能な配列を決定する。そのために、予備実験において一過性のトランスフェクションを数多く行うことで研究の進行を加速させる。がんの悪性化において、細胞内代謝における新たな展開が予想されるデータが出てきたため、グルコースのみならず他の栄養素の重要性に着目して研究を展開していきたい。そのためには、グルコースやアミノ酸などの栄養成分を培養液から一つずつ欠乏させた培地を作成することや、基礎となる溶液に栄養を一つずつ添加させた培地を作成し、がん細胞の生存や悪性形質獲得において必須となる栄養素の同定を試みる必要性があると考えている。また、がんの悪性化を考える上で、腫瘍形成の根幹となりうるがん幹細胞は切り離せない。環境ストレスやエネルギー代謝におけるがん幹細胞の関与や細胞可塑性についても含めた検討を重ねていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、少額の差額が生じたものの計画通りに使用できたと考える。差額は、来年度にがん幹細胞を中心とした解析の必要が生じたためであり、当初の予定を拡大して研究をすすめる上で必要になると考えたためである。その中でも、実験動物における検討も拡充して行う必要性が生じ、繰り越すことで安定した研究遂行が出来ると考えた。引き続き、遺伝子発現など分子生物学的解析や細胞生物学的解析を中心に研究を遂行していくため、必要となる一般的な実験試薬、各種解析に関連した一般消耗品の購入に充当し、データを積み重ねていきたいと考えている。また、感染症が蔓延している状況下において研究に必要な消耗品の納入に遅延が生じやすく、予定通りに使用し難い状況にあったことも要因となったため、今回の経験を踏まえ適切かつ迅速に使用していきたい。
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