近年のストレス社会を背景に、うつ病に代表される精神疾患患者が増加し、社会問題となっている。心理・社会ストレスは、ストレス抵抗性・回復力や記憶・認知などの高次脳機能を低下させることで精神疾患の発症リスク増大につながると想定されている。一方、適度な運動は記憶形成に重要な脳海馬領域を活性化すること、低中等度のうつ病患者に対しては、運動療法が有効である可能性が示唆されている。しかし、運動トレーニングがストレスレジリエンスを獲得する脳内メカニズムはいまだに不明である。本研究課題では、申請者が独自に確立した妥当性の高いうつ病モデルマウスを用いて、独自に見出したエピジェネティクス制御分子に着目することで、運動によるストレスレジリエンス獲得の分子・神経メカニズムの解明に挑む。2021年度は、運動トレーニングによってmPFC神経活動が亢進すること、ストレス脆弱性マウスのmPFC神経細胞を薬理遺伝学的手法(hM3Dq Dreadd)により人為的に活性化させるとストレスレジリエンスを獲得することを見出した。また、分子レベルの解析により、mPFCにおけるエピジェネティクス制御因子の機能変容を引き起こすことを確認した。そこで2022年度は、mPFCにおけるHDAC4の機能と運動によるレジリエンス獲得の因果関係を検証した。具体的には、mPFC特異的HDAC4機能亢進マウスを作製して、運動トレーニングによる神経細胞スパイン密度の変化とストレスレジリエンス獲得が消失するかを検討した。その結果、HDAC4機能亢進マウスは運動トレーニングの効果が消失しており、スパイン密度の増加も認めなかった。この結果から、運動によるストレスレジリエンスにはHDAC4を介した遺伝子発現制御が重要であることが示唆された。
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