研究課題/領域番号 |
21K19761
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
寺師 弘二 東京大学, 素粒子物理国際研究センター, 准教授 (80466804)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2024-03-31
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キーワード | 量子機械学習 / 量子ダイナミクスシミュレーション |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、NISQコンピュータを「目的とする量子系を実現する」ための量子状態生成マシンとして活用し、全体の量子系が一つの「高位量子計算機」として機能するための計算モデルを提案することである。そのために、1)ある量子物理系とその状態関数、2)量子状態を学習するためのNISQマシンの二つを開発の土台とする。令和3年度は、「量子データを入力とする量子機械学習(QML)」の研究と、「超伝導量子ビットのマイクロ波制御によるQML実装モデル」の調査を行った。
まず1)の量子物理系として、素粒子反応で起こるシャワー生成過程での量子ダイナミクスシミュレーションを採用し、期待される量子状態(波動関数)が生成されていることを確認した。2)のNISQマシンを使った状態学習として、生成した波動関数を量子データとして学習するQMLアルゴリズムの開発とシミュレータへの実装を行った。QMLとして古典ニューラルネットワークに着想を得た「量子畳み込みニューラルネットワーク」(QCNN)を採用することとし、粒子間の結合定数予測やフェルミオンの識別性能などの研究を進めてきた。量子物理系の波動関数を直接QMLで学習する研究は先行例が少なく、シャワー生成過程での量子ダイナミクスシミュレーションを入力とするQMLの先行例は存在しない。NISQマシンはノイズも多く量子ビット数も限られるため、古典計算の能力を上回る「量子加速」を実現するのは容易ではない。この量子ダイナミクスシミュレーションと量子データ学習をNISQマシンに実装することができれば、量子加速の実現に近づき意義は大きい。
超伝導量子ビットを制御するマイクロ波パルスまで含めた量子状態制御は先行例がなく、新しい試みである。そのため、まずマイクロ波パルス制御によるQMLアルゴリズムの実装が可能かどうかの調査研究を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、「量子データを入力とする量子機械学習」を実現するために、1)の量子物理系として量子ダイナミクスシミュレーションを活用した状態関数の生成を行う。具体的には、まずシャワー生成のダイナミクスシミュレーションを行った後、横磁場イジング模型のハミルトニアンを使った時間発展シミュレーションへと進んだ。そこでは、鈴木-トロッター分解を使った時間発展シミュレーションを量子回路に実装することで、厳密対角化による古典計算と無矛盾な結果が得られることを確認した。また、変分量子固有値ソルバー法 (VQE)と呼ばれる手法を使った状態生成についても実現の見通しが立っている。現在はモデル実装の詳細を詰めている段階であり、スピン間相互作用の強さJと横磁場の強さhの相対比によって起こる相転移の測定精度と、相転移をQCNNで検出するための計算量の評価を進めている。
2)の量子状態学習については、QCNNを用いた量子データ学習の実装を進めてきた。この手法では、任意の量子状態を表現できるユニバーサルな量子回路をQCNNとして採用し、その回路のパラメータを最適化することで、時間発展シミュレーションで生成した波動関数の学習を行った。シャワー生成のシミュレーションでは粒子間結合定数の強さやフェルミオンの種類、横磁場イジング模型ではJやhの値をQCNNを使って正しく検出できることを確認した。
QMLは、通常量子回路パラメータ(回転ゲートの回転角など)を回路レベルで調整することで状態学習を行う。しかし、超伝導量子ビットシステムの基本制御要素はマイクロ波パルスであり、パルスレベルの最適化で学習を行うことが、微分可能プログラミングによる状態制御の最初のステップになる。この観点で先行研究の調査を行い、現在の超伝導量子ビットシステムでもパルス学習によるQMLが可能であるという結論を得た。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の次の課題は、「量子微分解析と状態制御を行うモデル」の構築である。現在検討を進めているのは、ニューラルネットワークを用いた「強化学習」と微分可能プログラミングに着想を得た状態制御のモデルである。現在2)のNISQマシンとして、古典計算機上のシミュレータを使用している。まずこのシミュレータをベースに、古典機械学習でNISQの外部パラメータを最適化することによって、量子状態制御が可能かどうかの研究を進めていく。量子状態の忠実度に基づいて損失関数を定義する場合、微分可能プログラミングを取り入れた量子状態制御を使うことで、損失関数の勾配計算から外部パラメータの更新までを微分可能な形で繋げられる可能性がある。この手法によって、量子状態を所望の状態に変換できるかどうか検証を行うことを当面の課題とする。
研究を推進する方策として、まず制御対象である簡易な量子系(例えばイジング模型)のハミルトニアンを考え、そのハミルトニアンに何らかの付加項を加えた新しい量子系から検討を始める。その付加項の大きさをNISQの外部パラメータとして、そのパラメータを調節することで量子状態を所望の状態へと時間発展させる仕組みを実装する。原理的には、超伝導量子ビットのゲート操作に用いるマイクロ波パルスをNISQの外部パラメータとして考えることも可能である。しかし、微分可能な形でマイクロ波パルスの制御をすることは難しいかもしれない。その場合、令和3年度に検討を行ったパルス学習によるQMLを取り入れることで、パルス設計の最適化による状態制御が可能かどうかの検討を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和3年度には量子回路シミュレータとして専用計算機を導入する予定だったが、所属研究機関に新たに大型の共用計算機が導入されたため、その共用計算機を活用することで研究を進めることが可能になった。 次年度以降は、令和4年度に請求した助成金と合わせて、超伝導量子ビットシステムの制御に使われるマイクロ波共振器とデータ読み出し用エレクトロニクスの導入に使用する予定である。
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