研究課題/領域番号 |
21K19783
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
牧野 泰才 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 准教授 (00518714)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2023-03-31
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キーワード | 食テクノロジー / 触覚情報処理 / 触知覚特性 / 嗅覚ディスプレイ |
研究実績の概要 |
本研究課題は,醤油やシロップのような液体を瞬時に霧化させ,口に食品を入れる直前に調味液の表面積を広げ味や匂いを変化させるという新しい食体験の実現を目指すものである.超音波フェーズドアレイにより高い音圧の焦点を生成して液体に照射すると液体を瞬時に霧化させられるという現象を利用している. 初年度である本年は,1)液体霧化の条件の検証,2)霧化した調味液の人の知覚への影響評価を行った.様々な食品を数滴アクリル板の表面に滴下し,瞬間的な霧化を生じさせ,そのとき味覚と嗅覚にどのような変化が生じるかを検討した.結果として,味覚ではほとんど味の変化が見られず,一方嗅覚では,ほぼすべての食品に対してその匂いが増強されることが確認できた.この基礎検討結果を計測自動制御学会SI部門講演会で発表し,優秀講演賞を受賞した.当初想定していたような,少ない調味液での味の増強は現時点では難しいという結論だが,一方匂いについては任意の板上に匂い源を滴下すれば良く,表面は簡単に入れ替えられるので,既存のアロマディフューザーなどに比べ自由度の高い嗅覚ディスプレイの実現に繋がる. このような検証の途中で,そもそも舌の触知覚の基礎特性について解明されていないことに気づいた.舌は衛生状態を保って実験するのが難しいこともあり,一般的な接触式の振動子を使った触覚についての研究もほとんどなされていない.非接触で刺激提示が出来る超音波フェーズドアレイは,舌の触知覚特性の解明に適している.舌の特性の解明は,例えば口に入れた食品の大きさを誤認するように刺激するなど,食体験拡張への応用も可能であり,また英語発話時の舌の形状を指示するためのツールなど,舌を介した情報伝達などにも利用できる.本年度は舌の基礎的な振動特性を評価するシステムを構築して予備実験を行い,空間解像度の観点で指などの皮膚にはない特徴があることを見出した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上にも書いたように,霧化された調味液が人にどのように感じられるかを様々な調味液で検証した結果,味覚についてはあまり大きな変化が生じないということが確認された.これは当初の期待とは異なる結果である.現在も条件を変えながら検証中ではあるものの,味が強くなる,あるいは逆に弱くなるという効果はほとんど見られていない.一方,嗅覚については,顔前で液体を霧化した場合に匂いが増強されることを確認した.醤油などは一般的に,加熱により蒸発することで匂いが強くなることが多いが,本手法では加熱しないため,冷たいまま匂いを増強できる可能性が示唆された.ワインやブランデーなど,加熱しないで匂いを楽しみたい食材に向いている可能性がある. 2つ目の舌触覚の基礎的な特性評価については,ここまでに非常に興味深い結果が得られている.指などの皮膚感覚においては4種類の触覚受容器が存在し,それぞれの時空間的な感度が異なることが知られている.周波数が200Hz程度まで上がると,主に空間的な分解能の低いパチニ小体が知覚に関与しており,接触対象の空間的な位置や大きさは適切に知覚できない. 今回舌への様々な触覚刺激を行った結果,上記指先の特性とは異なり,周波数が上がるほど知覚される焦点の径が小さく感じられる傾向が確認できた.このような特性はこれまで知られておらず,舌の触知覚特性の解明という観点で非常に重要な結果である.このような舌の時空間的な知覚特性を知ることで,例えば何か食品を食べる際に,超音波で舌の適切な位置を刺激し,食対象のサイズを誤認させる,というようなことが可能になると期待している.超音波フェーズドアレイによる触刺激は舌の大きさに対して小さいので,舌上の部位に依存した感度差を検証するのにも利用可能である.現在は基礎的な計測を行うための装置を試作し,予備検証を行っている段階である.
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今後の研究の推進方策 |
上にも述べたように,昨年度の研究の結果により,当初計画とは異なる指針が2つ得られた. 1つは味の増強への応用についてである.現状では霧化された調味液を口に入れた場合に味覚の変化はほとんど生じていない.直接食体験を変化させられる可能性が示されたのは匂いだけである.従って,今後は匂い提示に主眼をおいて研究を進める.より具体的には板上に複数の匂い源(アロマオイル等)を滴下し,それぞれに個別に超音波焦点を照射することで簡単に複数の匂いを制御できることを確認している.食品の上に滴下した調味液,あるいは調理した肉の肉汁などを霧化することも可能であり,遠隔から複数の匂いを生成できる自由度の高い手法として,食体験の向上,あるいはVRでの応用などを目指す. 2つめは舌の触感覚における非常に興味深い特性についてである.当初計画では,調味液の霧化を用いた味の増強や匂いの増強のみを考えており,舌に直接触覚的な刺激を与えることは想定していなかった.一方,舌への刺激の振動周波数を変化させると,舌全体が震えているような局所性の低い刺激から,棒で突くような局在性の高い刺激までを切り替えられそうであるという予備検証の結果が得られている.超音波焦点は1cm程度のサイズであることから,舌の形状を検出し,適切な位置に適切な周波数で刺激を提示すれば,何種類かの触覚体験を生成できるうる.基礎的な舌の触知覚特性を解明し,それと同時に食体験の拡張への応用,あるいは,舌を利用した情報伝達などの応用も考える. 最後に,霧化の条件を検証していく過程で,炭酸のような液体に照射すると内部からの発泡を誘発できることも確認した.食への応用に限定せずに,このような液体の撹拌などにおいての応用可能性についても検討していく予定である.
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍の影響で,いくつかの物品の年度内納品が難しかったために繰り越しを行った. また,学術会議が遠隔開催となったために旅費等が発生せず,当初計画とは異なった. 繰越分については,物品購入や会議参加時の旅費として利用する計画である.
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備考 |
計測自動制御学会SI部門講演会において,優秀講演賞を受賞
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