両眼で見ても錯視が消えない「超」不可能立体の仕組みを探るという目的に対して、この錯視が起きる新しい実例の創作・収集を継続するとともに、この錯視の強さをもたらす要因についてまとめることができた。 錯視の実例の発掘では、直交する2枚の垂直な鏡の前に動物の姿をした立体を置くと、正面の鏡では振り向かないで平行移動(並進)した姿が映り、横の鏡では平行移動しないで左右が逆転(180度回転)した姿が映る錯視立体を発見した。一つの立体で2種類の錯視が同時に起きるもので、これには「回転並進混合錯視」という名前を付けた。この立体を設計する方法論も構築し、多数の実例を創作した。さらに、この設計法を変更することによって、1個の立体とその三つの鏡像が同じ向きに輪を成す錯視(「一人回遊錯視」と名付けた)も発見できた。 前年度までに見つけた「平行移動錯視」、「左右反転錯視」と合わせて、これらの錯視作品の中にも両目で見ても錯視が消えないものが多数含まれていることが観察できた。この錯視の強さの要因を探った結果、二つの特徴を見つけた。第1に、左右反転立体は垂直軸に対して線対称性を持ち、平行移動立体および回転並進混合立体は鏡に平行・垂直な面に対して面対称性を持つ。これらの対称性は視点位置によらない立体固有のものであるため、立体の姿勢を変えたり視点を移動したりしても保たれる。第2に、これらの錯視立体は生き物の姿を素材にしたものである。生き物は、そもそも形が固定されていないため、視点を動かして見え方が変化しても同じカテゴリーに属すという認識が起き続ける。この二つの要因が重なって、両目で見ても錯視が起き続けると考えられる。これにより、本研究の目標である両目で見ても消えない立体錯視の理論体系の基礎を作ることができた。
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