本研究は、海水中で微生物が窒素分子を(栄養塩として利用可能な)反応性窒素へと変換するプロセスである窒素固定に着目し、海洋表層の窒素固定生物が大気反応性窒素の有意な放出源となり得るかを明らかにすることを目的とした。今年度は、人工海水(培地)を用いた窒素固定生物(トリコデスミウム)の培養-大気捕集実験のデータ解析と取りまとめを行った。 約2か月の培養実験期間中、対数増殖期において、クロロフィルa濃度の増大に伴って海水中の溶存全窒素および溶存態有機炭素濃度が増大を示した。この結果から、トリコデスミウムの対数増殖期において、窒素固定により溶存全窒素および溶存態有機炭素が海水中に放出されたことが示唆された。培養実験の全期間を通し、粒子相・気相ともにアンモニウム塩/アンモニアが反応性窒素の主要な組成(平均約70%)であり、その次に水溶性有機態窒素(平均約20%)が多いという結果が得られた。さらに減衰期と死滅期において、大気放出されたアンモニアと気相の塩基性水溶性有機態窒素濃度が顕著に増大した。この結果は、海水中で増加したバクテリアによる溶存全窒素・死滅細胞の分解や光化学反応により、低分子で揮発性の高い塩基性の反応性窒素が海水から大気に移行したことを示唆した。期間全体として酸性水溶性有機態窒素の大気放出はトリコデスミウムの対数増殖期と定常期において顕著であり、減衰期と死滅期においては塩基性の反応性窒素の大気放出が顕著であった。これらの結果から、トリコデスミウムの成長・死滅に伴うアンモニアと水溶性有機態窒素の海水から大気への放出を初めて実証した。さらに海水から大気への反応性窒素放出フラックスについても評価を行った。
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