研究課題/領域番号 |
21K19941
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
松尾 梨沙 東京大学, 大学院総合文化研究科, 学術研究員 (80909846)
|
研究期間 (年度) |
2021-08-30 – 2023-03-31
|
キーワード | ショパン / プレイエル / シングル・エスケープメント |
研究実績の概要 |
2021(令和3)年度は特にプレイエル・ピアノのシングル・エスケープメント機能に注目し、ショパンがマヨルカ島滞在中に作曲した《前奏曲集》op.28や、同時期に書かれた《バラード第2番》op.38の書法と比較検証を行った。 同音・同和音連打自体はショパンに限らず、彼の前の時代や同時代の作曲家にも用いられていたため、シングル・エスケープメントだからといって連打の演奏が当時不可能だったわけも、特別難しいと感じられていたわけでもないだろう。しかし同時代にエラールなどイギリス式の会社がダブル・エスケープメント機能で製作したことにより、スピードのみならず音量的な意味でも、作曲家にとって同音連打はより演奏しやすく、パワフルで勢いのある技術となっていたはずである。 そのような時代でもショパンはシングル・エスケープメントに留まりながら、それでも同音連打は多用しており、そうした彼の連打の意味について考察を行った。例えばop.28の第4番は、左手の同和音連打がひたすら続く作品である。そもそもこの連打は決して速さも音量も必要ないが、和声分析の側面でこれまで多くの研究者の議論を呼んだ、特異な漸次的・半音階的進行を持っている。結果的にここでは和音一つずつの価値が、単なる「連打」以上のものであることがわかるが、それにシングル・エスケープメントによる「和音の掴み方」が関わるのではないかということを、報告者自身のシングル・エスケープメントのピアノによる実演検証で確認した。和音連打による音色の漸次的変化の手法はop.28の第13番や第15番など他にも当てはまり、また今回の確認から、本研究の最重要課題であるop.38終結部の右手の同和音連打について、この箇所は現在大多数の演奏家が行うような迫力とスピード感で演奏するものではなく、本来は一つ一つの「和音の掴み方」の方に圧倒的に意味があった可能性が高いと考えられた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究課題は可能な限り複数の楽器を使った実地検証が必須である一方で、2021(令和3)年度も新型ウィルス感染症予防政策が国内外を問わず続いた。当初は最低限の国内での移動や、対面での楽器工房ないし博物館訪問、楽器に触れての検証作業を計画に含めていたが、日本ではウィルス変異株流行による第五波、第六波の影響からリモート作業が推奨され、対面作業日程は大幅に遅れた。楽器制作家である太田垣至氏の協力を得て、最終的には年度末にようやく楽器工房訪問、シングル・エスケープメント機能を持つ複数のウィーン式ピアノの試弾、太田垣氏との議論を行うことができ、制作家の観点からの貴重な意見を多数頂くことができた。この点が最も研究を進められた部分であったが、一方で最も残念だったのは、2021年度中にプレイエル製の楽器に一度もあたることができなかった点である。本課題のうち「製作会社」別での検証や判断までには至らなかったことから、現在までの進捗状況は「やや遅れている」と判断した。
|
今後の研究の推進方策 |
2022(令和4)年度も国内外を問わず新型ウィルス感染症流行の影響が未だ残りそうであり、加えてロシアの軍事侵攻により欧州内外の往来にも困難や危険が伴う可能性を考えなければならなくなったが、現段階では9月からパリ第3大学にフィールドワーク拠点を移す予定であるため、2022年度後半はヨーロッパを中心に楽器の検証作業が行えることを期待する。 特にパリ19区にある音楽博物館のプレイエル製、エラール製ピアノのコレクションは素晴らしく、2022年度は実際に訪問できればと考えている。また感染症流行が始まった2020年以来、渡航や現地調査ができなくなっていたポーランド、ワルシャワへのアクセスも、パリを拠点とする2022年度後半からは比較的容易となることを期待する。ワルシャワでは2018年秋に続いて2023年秋に「第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクール」が開催される予定であるため、主催組織であるNIFC(国立フリデリク・ショパン研究所)からも楽器やイヴェントに関する情報が多数発表されると思われる。以上の情報収集や、可能であればワルシャワを拠点とした資料調査も行いたい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
2021(令和3)年度は、現在日本語ですでに出版されている研究業績をできるだけ早く翻訳の形で海外に出せるよう、英訳作業にほとんどの研究費を当てた。業者への依頼作業であり、先方から提示された価格によって結果的に端数が生じたため、微細な額であるが次年度に回すこととなった。 2022(令和4)年度も引き続き英訳作業に多くの研究費が必要となると考えており、そのため2021年度の繰越分も有効に活用したい。
|
備考 |
それぞれ(1)日本語と(2)英語による研究著書紹介ページ。所属研究機関(東京大学)作成。
|