本研究は、道徳判断――人のふるまいに関する善悪・是非の判断――の本性と実態を解明するべく、その心理面と言語面に着目し、「私たちが道徳判断を下す際、いかなる心理から、いかなる意味の言葉を発しているのか」という問いに答えようとするものである。そのために、まず、道徳判断を「共感」によって分析した18世紀スコットランドの哲学者デイヴィッド・ヒュームの道徳哲学を再解釈し、次に、現代の英米圏で展開されているメタ倫理学による道徳判断の言語分析を整理・評価し、そして両者を突き合わせることで、道徳判断の心理面と言語面を包括的に説明することのできる道徳判断理論を構築することを目指す。 本年度は、前年度までの研究を引き継ぎつつ、道徳判断をめぐる言語と感情の関係を包括的に解明するべく、(1) 現代メタ倫理学における「道徳的態度問題」(道徳判断の本質を感情とすると、それがいかなる感情であるか特定しがたい)の調査・整理を行ったうえで、この問題をヒュームはいかにして解決可能かを検討した。結果、「道徳判断を感情に基づかせた」と目されるヒュームの道徳判断論は、言語にこそ決定的な役割を担わせており、「道徳感情」は道徳言語の使用から想定される感情にすぎず、特定の実体をもたないことが明らかとなった。かくしてヒュームにおける言語の重要性を確認したうえで、(2) 道徳判断の言語的・概念的側面と感情的・実質的側面の齟齬を指摘する現代の「道徳的錯誤説」の調査・整理を行い、それを参照軸にヒュームを再解釈したところ、経験論的な前提に基づきながらも同様の錯誤説的構造――道徳言語は実質的な感情が満たせない客観的指令性を含意する――が見いだされた。前年度までの成果と以上の成果を総合し、それぞれ (1) 欧文学術誌Review of Analytic Philosophyの査読付論文、(2) 商業誌フィルカルの特集論文にて発表した。
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