主にパウル・ザッハー財団(スイス・バーゼル)に保管されているスケッチ資料の考察を通して、アントン・ウェーベルンの創作プロセスを再構成するとともに、その作曲的思考に迫ることを試みた。その際、ウェーベルンの思考法の独自性を探るためにも、シェーンベルクおよびバルトークの創作プロセスとの比較も随時行った。 主な学術的貢献としては、ウェーベルンの後期十二音技法における創作プロセス/作曲的思考法が、十九世紀の伝統的なのとは大きく異なっていることを実証的なレベルで示すことができた点にある。具体的には、『弦楽四重奏曲』作品28(1933)の主題の作曲プロセスにおいて、ウェーベルンは「最初の着想を徐々に彫琢する」と言うような一般的な作曲法を取らず、むしろ「シンメトリー」や「カノン」といった、具体的に鳴り響く音とは直接関係のない抽象的なレベルの枠組みを先に設定し、それに適合するフレーズや楽想を繰り返し起草する。そして、それらを事後的にピアノで弾きながら、作曲者の耳にとって最も好ましいフレーズや楽想を取捨選択していくのである。 以上のような作曲プロセスの特異性については、ドイツの学術誌『Archiv fuer Musikwissenschaft』の中で詳しく報告することができた。また、ウェーベルンとシェーンベルクおよびバルトークの作曲プロセスを比較することで、こうしたウェーベルンの作曲手法がどの程度音楽史において特異な地位を占めているのかにつても検討した。これらについても、それぞれ学術論文として発表することができた。
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