初年度は、稽古動画の分析および哲学的言説における考察を行った。最終年度はそれを引き継ぎ、とくに井筒俊彦におけるコトバと意識の構造を身体知に応用して考察することに注力し、またこれまでの成果を発表しながら議論を重ねていった。最終年度の成果は、論文3本(うち1本は公開予定)、発表4回(国際学会2回、国内学会1回、研究会1回)である。とくに学会発表では、それぞれ国内外での日本哲学研究、舞踊研究、スポーツ文化研究というジャンルの異なる学会で発表をしたため、分野横断的な議論を通して考察を深めることができた。 本研究の目的は、能楽仕舞のオンライン稽古はなぜそれほど普及しないのかという問いを通して、身体知の伝達にとってコアであるものは何かを哲学の議論の枠内で考察することであった。2年間の研究を通して、稽古においては「こう」としか指し示せないものがあること、またそれを感性的に了解するには師弟が同じリアリティを共有していることが必要であることを明らかにした。これらの考察を経て、稽古における要は、たとえば同じサシコミヒラキという身体動作であっても、それが帯びる感性的色合いを理解し、それを確実に当該動作に帯びさせる訓練を行うことであることを示した。より大きなパースペクティブから見れば、単なる身体動作と舞踊における身体動作の違いを考察するための重要な視座を与えたと言えるだろう。それを理論と実践の双方にまたがった研究過程で示すことができた。 とはいえ、何がそれぞれの感性的色合いを決定するのかについては、まだ考察が必要であることも事実である。おそらく「息」およびリズムの哲学がその考察の鍵となるだろうことが、本研究を通して浮かび上がってきた。
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