本年度は『チュージェペル伝』全17章のうち、第4章の翻刻と暫定的な校訂テキストおよび英訳を作成し、さらに、これまで出版されている『チュージェペル伝』の刊本を収集し、テキストの比較および再校訂を行った。 本研究では、ゲッティンゲン大学図書館に所蔵されているラーフラ・サーンクリティヤーヤナ将来の写本のデータ(Xc 14/71)に加えて、TBRC(現BDRC)がインターネット上で公開している写本のデータ(BDRC WA26615)も参照する。他方、刊本については、ゾンツェによる校訂テキストの出版以後、2011年にダラムサラで、2016年にラサで、2018年に香港でチベット僧の伝記集がそれぞれ出版され、それらのなかに『チュージェペル伝』が収載されている。このうち、香港で出版された刊本(BDRC WA3CN21836)は入手できなかった。2011年にダラムサラで出版された刊本(BDRC W1KG20987)は大体ゾンツェの読みに一致しているので、底本は確定できないものの、元はラーフラ・サーンクリティヤーヤナ将来の写本である。しかし、2016年にラサで出版された刊本(BDRC WA1KG25249)は従来の二つの写本とは著しく相違している。例えば、二つの写本にある文がこの刊本では存在しなかったり、時にその逆の場合もあったりするなどの相違が見られ、また、文の順番が大きく異なる箇所も多々存在する。全体的にこの刊本は従来のテキストから単語を削って読みやすい文に整えられているような印象を与えるが、それは校訂者が既存の刊本を大幅に書き換えて編纂した結果そうなっているのか、それとも上の二つの写本とは別系統の写本に基づいて校訂したものであるのか、現時点では後者の可能性が疑われるものの、最終的な確定はできていない。なお、上の二つの写本の不明瞭な箇所に関して、時にこの刊本の読みが役立つ場合がある。
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