研究課題/領域番号 |
21K19980
|
研究機関 | お茶の水女子大学 |
研究代表者 |
加藤 夢三 お茶の水女子大学, 基幹研究院, 助教 (90906207)
|
研究期間 (年度) |
2021-08-30 – 2023-03-31
|
キーワード | 日本科学 / 横光利一 / 旅愁 / 戦時思想 |
研究実績の概要 |
本年度は、「日本科学」という表象概念と横光利一の長編小説『旅愁』(『東京日日新聞』『大阪毎日新聞』1937.4.14夕刊-『人間』1946.4)の思想的関連について研究を展開した。主に1930年代に発表された『旅愁』第1・第2篇では、「論理の国際性」と「知性の民族性」の相克に関する討議が、登場人物たちによって延々と繰り広げられていたが、2年近くの中断を挟んで1942年に再開された第3篇以降では、それらの衝突が調停され、休載前に示された一連の問題系がより包括的に語りなおされていく。その方法意識のあり方は明らかに一貫しておらず、ゆえに全体の物語展開もきわめて散漫な印象を免れないのだが、それは1940年代の言論空間において、新たに「日本科学」の体得をめぐる知的言説が力を持ち始めたことに由来すると思われる。 第1・第2篇のなかで模索された「知性の民族性」なるものの実態が、「日本科学」という共時的な概念装置を経由することによって、第三篇以降でその根拠を事後的に拵えられたのだとすれば、そこから『旅愁』全体のねじれを捉え返すこともできるだろう。こうした観点から、本年度は科学技術新体制下という時勢に『旅愁』の連載が再開されたことに着目し、1930年代の横光が直面していた認識論的な葛藤が、40年代の思想動向のもとで再定位されたテクストとして『旅愁』の動態を意味づけることで、その作意の失敗も含めた全篇の分裂と破綻を、改めて同時代の言論状況と関連づけながら考察することを試みた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上述した研究成果については、日本近代文学会2022年度春季大会で研究発表を行う予定である。また、当該の内容を論文化し、今年度中に学会誌に投稿することも目指している。
|
今後の研究の推進方策 |
2021年度は横光利一の文学活動に焦点を当てた研究を展開したが、2022年度は狭義の文学者にとどまらず、より広範囲に「日本科学」をめぐる言論空間の思想圏を設定していきたい。具体的には、戦時下の自然科学者たちによる論壇進出の動きを検討する予定である。「日本科学」をめぐる言説は、人文系知識人ではなく理科系知識人の側からも多く発せられており、それは統治権力が軍事利用できるような科学技術を重視し、行政の内側で科学者・技術者に特別な役職を与えはじめたことと相即している。理科系と人文系の学知のせめぎ合う場として、まさに「日本科学」という表象概念はせり出してきたのであり、その分析と考察のためには、科学史と文学史の学際的な越境を導くような論理の構築と、多様な言説ジャンルに跨った粘り強い量的調査が必須となる。その一端に着手することが、2022年度の研究方針である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
2021年度の資料調査が滞っていたものの、2022年度に検討すべき資料が増えたため、その調査費用に充てるつもりである。
|