最終年度の研究は二本の柱からなっていた。すなわち 1)クンデラの著作をモデルニテの観点から再解釈すること、2)クンデラの著作におけるモデルニテの表れを亡命という契機との関連において理解することである。 1)については二篇の論文「ミラン・クンデラの小説実践における「近代」」および「民主主義と小説:ミラン・クンデラ『不滅』における顔のモチーフ」がその成果物であり、小説『不滅』において近代的諸価値が問い直されていること、ならびに本作を特徴づける作品制作の方法論にモデルニテに対する作家の鋭敏な意識が投影されていることを論証した。また、口頭発表「ミラン・クンデラにおける「近代」の再解釈」では、クンデラの小説論を背後から支えている近代観にハーバーマスの近代観との類似が見られることを指摘した。 2)についてはフランス国立図書館でチェコ出身の芸術家ソヴァークに関するクンデラのテクストを読み込んだことで、クンデラにおけるモデルニテの追求がある面では1960年代の政治的状況と不可分のものであり、社会主義リアリズムに対する作家の批判的姿勢にも関係していることが理解された。この点は現段階では考察が不十分であり論文等にまとめるには至らなかったが、今後の研究活動のなかでさらに掘り下げるべき観点として見出された。 このほか、口頭発表「今日のフランス文学にみる家族史の現在」はクンデラを対象としたものではなかったが、オートフィクション的傾向を持つ今日の作品とクンデラの作品との違いに触れ、クンデラにおけるモデルニテの外縁を探った。 研究期間全体を通じて行った研究の成果として、クンデラにおけるモデルニテの重要性を作中のモチーフと制作の方法論それぞれにおいて示し、この観点からフランス文学史におけるクンデラの位置づけを更新した。また、クンデラ研究会を立ち上げ、国内のクンデラ研究の拠点を創出した。
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