研究課題/領域番号 |
21K19988
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研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
益 敏郎 熊本大学, 大学院人文社会科学研究部(文), 准教授 (80908195)
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研究期間 (年度) |
2021-08-30 – 2023-03-31
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キーワード | 歴史哲学的ポエジー / 詩人たちの時代 / アラン・バディウ / シラー、ヘルダーリン、ノヴァーリス / 詩人と思想家の新しい「物語」 |
研究実績の概要 |
研究期間直前になったものの、8月の日本ヘルダー学会夏季研究発表会で、1790年代のドイツで歴史と詩の想像力が融合した現象が相次いで起きたことを証明する研究を、「歴史を語る詩人たち シラー、ノヴァーリス、ヘルダーリンの歴史哲学的ポエジー」という表題のもとに発表した。この成果は次年度の『ヘルダー研究』第25号(ヘルダー学会)に投稿する予定だが、18世紀末に詩人たちが哲学や神学、歴史学を批判的に取り込んだ重要な例を扱った研究成果である。 またアラン・バディウが提示した「詩人たちの時代」(哲学者が詩を崇拝した時代)と、この時代区分におけるヘルダーリンとツェランの詩作について、またこの「詩人たちの時代」が終わったとされる現代における彼らの詩の意義について考察した論集『「詩人たちの時代」の終わり? ヘルダーリン、ツェラン、そしてバディウ』(日本独文学会叢書)の編著書を務め、10月に公刊した。この「詩人たちの時代」という枠組みは、本研究が問題とする詩人と哲学者が協働した時代と重なるものであり、本研究課題の代表者は概念の説明や関連する言説の整理を行う序論と、ヘルダーリンが当時の神学や、聖書解釈学、啓蒙主義的進歩史観に対して、世界の偶然的で多面的な成り立ちを肯定するモティーフを編み出していたことを証明する章を執筆した。これは本研究が目指す、単一でないアイデンティティを構想し、排他性そのものを打ち壊すような詩人や思想家たちの新しい「物語」の一端を明らかにする成果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の対象とする時代は18世紀末から21世紀と広範なため、初年度はまず時代的に前半部分にあたる18世紀末から19世紀を主な対象とし、文献の収集や研究環境の整備を行った。 成果発表としては、19世紀における歴史と詩の構想力の問題において、重要な役割を担うヘルダーリンとニーチェについての論文を執筆した。現段階では査読審査中であるものの、この二人が近代歴史学の整う19世紀という時代に、実証的、合理的な思考を破壊する思考を歴史にもたらそうと試みていたことを示す研究であり、本研究課題の大きな成果となることが期待できる。 また2021年8月の日本ヘルダー学会夏季研究発表会で行った研究発表を、次年度の8月ごろに論文として『ヘルダー研究』第25号(ヘルダー学会)に投稿する予定である。1790年代に歴史と哲学の想像力が融合した新しい抒情詩が登場したことを明らかにするこの論考は、近代という時代がなぜ「物語」を求めざるを得ないのか、またそれはいかなる「物語」なのかという問題を、その黎明期に遡って明らかにする成果となる。 また20世紀のペーター・ヘルトリングの伝記的小説『ヘルダーリン』について、次年度の日本独文学会春季研究発表会(立教大学、5月)で発表することが決まっている。本発表は、1976年に出版された小説を、本研究の重要な歴史的モメントである第二次世界大戦と68年闘争におけるヘルダーリン・イメージの転換との関連から読み解く試みであり、20世紀の詩人と思想家たちに重点を移すことになる次年度の研究の出発点となる。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度は20世紀に研究の焦点を移す。 具体的にはゲオルゲ・クライスというカルト的な詩人・思想家の共同体が示した、ゲーテ的/ヘルダーリン的と二分化されるドイツ文化観や、合言葉のように用いられた「秘められたドイツ」という概念と、マルティン・ハイデガーが示した詩作し思索する形而上学的民族としてのドイツ人というイメージが、ナチズムの世界観とどのように関わり、戦後社会にどう批判され、受け継がれていったのかを追究する。その際に、ゲオルゲ・クライスとハイデガーの概念について、ニーチェからの影響という観点から考えることで、その影響関係と問題性がより明確に提示されるだろう。 また20世紀後半の神話論の復権という現象について、ハンス・ブルーメンベルクの著作などを中心に考察する。その際、マンフレート・フランクのディオニュソス研究を踏まえ、ヘルダーリンやニーチェにおけるディオニュソス神話の受容との関わりを含めた歴史的連続性を取り出すことを目指す。さらに、いわゆるニューエージ運動や新興宗教の広がりなどの時代背景とも関係づけながら、この現象を世界的な文化潮流のなかに位置付けることも行いたい。またこの思潮が、シェリング神話論を再評価し、現代の多様性を支える新しい世界観を示そうと試みる最近の思想動向とどのように関わるのかを追究する。 それゆえ今後は上記の構想にしたがって、関係する文献、資料の収集および読解を行うことになるが、その成果は随時学会での研究発表や論文の投稿を通じて公表していく。
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