研究課題/領域番号 |
21K20009
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研究機関 | 東京外国語大学 |
研究代表者 |
古本 真 東京外国語大学, アジア・アフリカ言語文化研究所, 研究員 (20796354)
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研究期間 (年度) |
2021-08-30 – 2023-03-31
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キーワード | コピュラ / 場所述語 / バントゥ系諸語 / スワヒリ語 / 機能変化 |
研究実績の概要 |
場所動詞や存在動詞、姿勢動詞(例:「太郎は家にいる」)から、名詞述語文を形成するコピュラ(例:「太郎は学生である」)への機能の変化や拡張が、通言語的に起こりうることは、比較的よく知られている。本研究では、バントゥ系諸言語の記述資料を精査し、そこから得られたデータを対照させることで、バントゥ系言語のコピュラの機能の通時的変遷の解明を目指す。 本年度は、まずスワヒリ語の諸変種に焦点をあて分析を行った。まず、いわゆる標準スワヒリ語には、場所述語とよばれる文法形式がある。この場所述語の主な用法は、場所名詞と共起して、主語の指示対象の位置を同定すること(場所叙述)にある。一方、コンゴ東部で話されるピジンスワヒリ語において、この場所述語は、場所叙述だけでなく、名詞や形容詞とともに、主語の性質を表すこともできる。この二つの変種の対象から、場所述語に機能の変化が生じていることがうかがえる。 ザンジバルで話されるいくつかのスワヒリ語諸変種は、上述の場所述語を欠き、場所叙述には、-waという動詞を用いる。この動詞-waは、バントゥ祖語の*-ba‘dwell, be, become’に遡ると考えられるが、その機能は変種によって異なる。ザンジバル北部のトゥンバトゥ方言では、主に場所叙述のために用いられる一方、南部のマクンドゥチ方言では、主語の性質を表したり、指示対象の同定のために用いることもできる。こうした変種間の差も、機能の通時的変化を仮定すると、うまく説明することができる。 さらに、ザンジバルのスワヒリ語諸変種の-waは、同一の変種内であっても、主語の人称によって機能が異なる。上記の通時的変化を仮定した場合、人称による機能の違いは、変化が漸次的に生じている証拠とみなすことができる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
スワヒリ語諸変種の場所述語やコピュラの分析については、「研究拠点形成事業(B. アジア・アフリカ学術基盤形成型)「アフリカにおける言語多様性とダイナミズムに迫るアフリカ諸語研究ネットワークの構築」最終シンポジウム」で口頭発表したのちに、Working Papers in African Linguistics Vol.1 において論文としてまとめている。 本研究では、500以上あるともいわれるバントゥ系言語のなかから、話されている地域や、系統的親疎関係などを考慮しながら、100言語ほどをサンプルとして選び出す。そして、これらのサンプル言語の参照文法や記述資料から、存在叙述や場所叙述で用いられている述語の形式と、名詞・形容詞述語文で述語として用いられる文法形式のデータを収集する。この二つのタイプの述語の言語内での形式的異同や、言語間の機能の違いに基づいて、バントゥ系言語のコピュラがたどってきた通時的変化の普遍性と多様性を網羅する妥当な仮説を探ろうというわけである。 こうした研究のために必要な資料の収集もすでに開始している。市販されている文法書に加えて、国内の研究機関の図書館(東京外国語大学、京都大学、国立民族学博物館等)に所蔵されている資料の収集もしており、現段階で、60言語以上を網羅している。更に、自然談話の書き起こし資料も発表しているが、こうした資料もデータ収集のために必要なものとなる。
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今後の研究の推進方策 |
バントゥ系の諸言語において、存在叙述や場所叙述で用いられる述語は同源であることが少なくなく、バントゥ祖語の*-ba‘dwell, be, become’か、*-di‘be’、-kad-‘sit, dwell, be’などに遡ることができる。こうした事実に鑑みて、今後の研究では、収集した文献資料から得られた存在叙述や場所叙述で用いられている述語をまず語源に応じて分類する。そして、それらの述語が、名詞・形容詞述語文でも述語として用いられるかどうかを検討する。通言語的な機能の変化や拡張の傾向を考慮にいれると、同源の述語の言語間の機能の違いは、言語変化の程度の違いを示唆する証拠として解釈することができる。 存在文や名詞述語文を形成する文法的ストラテジーは、文法書において必ずしも十分な言及がなされているとは限らない。そのため、これまでは‘Variation in Bantu copula constructions’(Gibson et al. 2018) や、‘Existential constructions in Bantu languages’(Bernander et al. in press) といったバントゥ系言語のコピュラや存在動詞に関する類型論的な特徴をまとめた研究で引用されている文献や論文を中心に収集してきた。ただ、それだけでは十分な数の言語を網羅できないので、今後は、調査対象の言語をもう少し拡大する予定である。サンプル言語の拡大に際しては、日本で研究するメリットを生かして、三省堂の言語学大辞典や‘Descriptive materials of morphosyntactic microvariation in Bantu’ (Shinagawa & Abe eds. 2019) 等、日本の研究成果も活用する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
海外にいる研究協力者との打ち合わせのために渡欧することを見込んで、予算を組んでいたが、社会状況を考慮して予定を変更したため、次年度使用額が生じた。次年度は、渡欧ないしは研究協力者を招聘するなどして助成金を活用する予定である。
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