本研究は、『説文解字篆韻譜』の総合的な研究を目指すものであるが、あわせて近世中国における『説文解字』本文テキストの変遷についても研究を進めた。『説文解字篆韻譜』は単独で書物として存在しているわけではなく、あくまで『説文解字』の簡略本として誕生したわけであるから、他の『説文解字』関連書籍のテキストとの関連の上で、『説文解字篆韻譜』のテキストが存在していると考えられるからである。 本研究の第一年目には、近世における『説文解字』テキストを総合的に研究した『説文文本演変考 以宋代校訂為中心』(中国中華書局)を出版した。本書の中には『説文解字篆韻譜』のテキストに触れた箇所があり、研究の基礎となる事項を確認できた。本研究の第二年目には、『古今韻会挙要』の引用する『説文解字』テキストの特殊性とその由来を研究した論文を執筆し、査読雑誌に提出した。これは、『説文解字篆韻譜』の研究と直接関わるものではないが、近世に『説文』がどのように受容されていたかを研究するものである。宋代、元代において、必ずしも、『説文解字』の原文そのものが広く受け入れられていたわけではなく、現在から見れば、当時の人の主観によって改められたテキストが広く受容されていたことが明らかとなった。これは、『説文解字篆韻譜』という簡略本が、『説文解字』そのものよりも広く受け入れられていたことと軌を一にする状況であり、当時の学問傾向が、古いテキストを尊重するよりも、当時の需要に適合したテキストを作り上げ、それを流通させるものであったことを窺うことができた。
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