2022年度には、引き続き史資料の収集を進め、さらに21年度から行ってきた研究の成果を数多く生み出すことができた。 13世紀のスンナ派学者イブン・タルハの収集した伝承が、十二イマーム崇敬の隆盛に伴い、シーア派の作品を介して後代のスンナ派の美質の書作品に伝わっていった現象をまとめた英語論文"Interconfessional Dialogue on Fada'il of the Twelve Imams"が、学術雑誌Orient(日本オリエント学会)に掲載された。また、スンナ派の十二イマーム崇敬における、第十二代イマームとマフディー(救世主)に関する議論を分類し、それぞれの特徴を明らかにした論文「スンナ派の十二イマーム崇敬とマフディー」が、学術雑誌『東洋文化』(東京大学東洋文化研究所)に掲載された。これら2論文が得られたことにより、当初の研究計画の目標は達成されたことになる。 加えて、上記研究と関連する別の成果として、14世紀初頭のペルシア語年代記『オルジェイトゥ史』(Tarikh-i Uljaytu)の訳註を、共訳者の一人として出版することができた。『オルジェイトゥ史』には、イルハン朝の君主オルジェイトゥがスンナ派・シーア派双方の学者と交流し、最終的にスンナ派からシーア派へと改宗する顛末に関する詳細な記述がある。それゆえ同書は当時の宗派間関係を考察する上で最も重要な史料の一つであり、同訳註の出版は今後のさらなる研究の深化を可能とする。 これらの研究成果により、これまで単に「シーア派的傾向」を持つ特殊なスンナ派によるものとされてきた十二イマーム崇敬の拡大について、そうしたスンナ派自身が行っていた宗派的文脈への結び付けが明らかとなった。それにより、スンナ派という宗派の持つ思想上の柔軟性や複雑な形成過程、そして宗派意識の多様性を具体的な形で示すことができたと言える。
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