本研究は、スーフィズムの教団によるバルカン半島地域での活動を通して、今日のヨーロッパにおいてイスラーム思想とその実践がどのように構築されているのかを探求していくものであった。一般民衆の中に多彩に広がるイスラームを調査するため、特にイスラーム神秘主義の「ベクタシ教団」の活動に焦点を当てた。ベクタシ教団によるイスラーム思想が反映された音楽がバルカン半島でどのように実践・受容されているかを、A)教団形成の歴史的過程、B)音楽文化の異種混交化、C)音楽を通じた大衆化・信仰深化、の各調査項目を通じて解明を目指した。調査地として「ベクタシ教団」本部が置かれるアルバニアを中心に据え、比較検討のためコソボやマケドニア、トルコにおいて修道場の訪問や儀礼観察、インタビュー、文献など資料調査を含めた現地調査を実施した。研究成果として、(1)バルカン半島の教団音楽におけるトルコ(オスマン帝国)とバルカン半島の地域的特徴の共存の傾向:オスマン帝国期のアナトリア音楽の影響が強く残るコソボのハルヴェティ教団やリファーイー教団の音楽と比べ、アルバニアのベクタシ教団の音楽はアルバニアの音楽的特徴を強く有する。共産主義下における教団の活動停止やベクタシ教団の音楽の使用の特徴が反映されたものと推察される。(2)タリーカの実践における知識共有ツールとしての音楽の役割:歌詞による知識の共有は歌ばかりでなく、手足の動作や身体から発される音もその役割を補助する(3)他宗教との共生を示す場における音楽の利用:共産主義政権における弾圧を経て今日公的に宗教集団として活動するベクタシ教団の式典においてはベクタシ教団音楽ではなくアルバニアの大衆音楽・民俗舞踊などによって宗教的他者との融和が図られている、などの点が明らかになった。
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