本研究の「問い」は、在外自国民の生命及び財産に対する侵害が武力攻撃を構成するか否かである。そして、本研究で得た結論は、構成する場合があるというものである。本研究は、在外自国民保護は自衛権の範疇だとする立場と、自衛権とは別に在外自国民保護のための武力行使が許容されるという立場とが対立する状況の中で、自衛権の観点から外国領域の軍隊侵入を分析したものである。そして、累積理論を分析視点として、在外自国民に対する侵害行為の評価を試みたのである。 累積理論とは、武力攻撃に至らない侵害行為が反復して発生した場合に、それら小規模な侵害行為を包括的に捉えて、武力攻撃を構成することが許されるという理論である。平易な表現をすれば、「ちりも積もれば山となる」という見方である。累積理論については、20世紀後半まで、自衛権濫用につながる法理として否定的な見方をする国家が大勢を占めていたが、今日では、累積理論に肯定的な国家実行が増加している。 1986年のニカラグア事件本案判決以降、自衛権行使の前提となる武力攻撃は、武力行使のうち最も重大な形態のものであるとする理解が一般的となり、武力行使は武力攻撃と武力攻撃に至らない武力行使とに区分されるようになった。在外自国民保護の文脈で、日本政府は、2002年に「在留邦人に対する攻撃・・・・が我が国に対する武力攻撃と認定されることは、あまり想定しがたい問題」であると答弁しているが、これは、在外自国民に対する侵害行為の規模が背景にある。 前年度は、「『無意思あるいは無能力』理論」を手がかりに、在外自国民に対する侵害行為の国際法上の評価を行ってきたが、今年度は、イランやサウジアラビアなどの具体的事例を分析することにより、冒頭の結論を得た。
|