本研究は、明治10年代の地域社会において、合意形成方法としての多数決が定着し、地域内で運用されていく過程について、①地租改正をめぐる合議の実態を検討し、人々が平等な個人として相互に承認される市民社会の形成、②町村会の実態を検討し、個人(ただし、男性戸主に限定的)が活動する議会を舞台とした多数決に基づく政治社会の形成、という2点の相互作用から明らかにすることを目的としている。 2022年度は昨年度に引き続き、明治10年代の町村会と地租改正事業の展開について、静岡県遠江の城東郡中内田村を事例に、「佐野家文書」・「山田家文書」や「木佐森家文書」などを用いて検討した。また、国立国会図書館や静岡県立中央図書館歴史文化情報センターにおいても、関連文献や史料の調査を行った。 中内田村では、地租改正によって村請制が解体し、人々を平等な土地所有者(個人)として相互承認する社会が形成されたことに伴い、山林の個人所有権や盗伐などが問題化し、住民の利害関係を取りまとめる必要性が生じた。以上の状況への対応として、中内田村では町村会だけでなく、村内小集団(組)において組内の政策を議論する会議の場においても、一人一票の多数決が制度化された。この事態を、利害の異なる個人が対立の潜在的可能性を秘めて村を構成しているという、社会のあり方を前提とした合意形成の秩序と評価し、村内において多数決による〈近代的政治秩序〉が確立する契機と結論付けた。 そのうえで、以上の成果とこれまでの研究成果をまとめた単著『明治維新と〈公議〉―議会・多数決・一致―』(吉川弘文館、2022年)を刊行した。この単著では19世紀、近世後期から明治10年代における議会を中核とした合意形成システムの変容、公議概念の変容、近世社会から近代社会への変容を連関づける視座を提示した。
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