最終年度(2022年度)の実績は、社会経済史学会全国大会における報告(「昭和戦前・戦時期の福岡県筑豊地域における醤油醸造家の経営-アミノ酸液製造に着目して-」社会経済史学会全国大会、オンライン開催、2022年4月30日)を行い、そこで得られたコメントを踏まえた研究の進展を達成した。 2023年4月時点で、上述の報告を論説として『社会経済史学』へと投稿中で査読中である。この論文では、昭和戦前期福岡県筑豊地域における中小醤油醸造家(松喜醤油)の経営を明らかにしつつ、その経営におけるアミノ酸醤油の役割について考察した。従来の研究では、戦時物資不足期の代替醤油で粗悪品という評価がなされていたが、福岡県市場においてはアミノ酸醤油が好意的に受容されていた。この背景には、北部九州醤油市場において消費者が「最上品」として再仕込醤油を認識しているという地域性の影響が存在した。すなわち、松喜醤油が製造したアミノ酸醤油が高級品である再仕込醤油に類似した特徴を示しており、それが消費者の潜在的な需要を引き出し売上高の拡大につながったことが重要であった。 以上の研究内容と、前年度(2021年度)の実績を踏まえると、本研究を通じて福岡県醤油市場における地域性の存在と、その具体的な特徴について明らかにすることができたと評価する。第一次大戦期から甘味類添加醤油が販売され始め、その発展型の醤油としてのアミノ酸醤油が、松喜醤油の経営拡大において果たした役割が指摘できた。現在査読中の論文にも記述したが、こうした地域性の発展が戦後から現代までの食文化形成に与えた影響を考える際にも示唆的な指摘を行えた。こうした戦後の醤油市場と地域性の展開については、今後の課題としてさらに研究を進めていく予定にしている。また、地域性の全国的な特徴の相違や、各地域の事例研究の深化を行うことも今後の課題として提示しておく。
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