前年度に引き続き、U・ベックのリスク社会論の妥当性に関する検討を進めた。結論としては、ベックの議論を一部修正し、「科学的論証」の形成と浸透の中で「証拠」概念の多元化が進んだことにより、「科学者の知見の相対化」が生じたとの知見が得られた。具体的な作業としては、(A)19世紀以降の「証拠」とりわけ「科学的証拠」の概念史的な変化に注目しつつ、(B)医学に代表される「エビデンス・ベースト」の流れと、科学の通説を否定する「科学否定論」との併存状況を分析するとともに、(C)研究を通じて浮かび上がってきた社会学の方法論に関する考察を行った。2021年度は上記三点についての基本的な見通しを示す単著を刊行するとともに、アウトリーチ活動に取り組んだ。2022年度も同様に、研究結果の公表とアウトリーチ活動を継続した。 2022年度に明らかにしたことは、以下の三点である。(A')「エビデンス・ベースト・メディシン」における「エビデンス」概念は、「実験的証拠」と「統計的証拠」の結合を特徴としていること。この点は、日本教育学会大会シンポジウムおよび東京大学社会科学研究所主催の研究会において口頭報告を行った。(B')「科学否定論」における「証拠」概念は、「事実の証拠」と「不信の証拠」という二つの側面に分解することができ、とくに「不信の証拠」としての側面が今日の「科学否定論」の広がりをもたらしていること。この点は今後、論文として公表する予定である。(C')今日の社会学・科学論における先端的な理論・方法が「分化」という発想を否定する方向に収斂しており、この方向で議論を洗練させる必要があること。この点は『現代思想』において発表した。
|