本研究は、幼児期における絵本を通じた人間形成について、アメリカの哲学者マーサ・ヌスバウムの「物語的想像力(narrative imagination)」の思想から理論的な基礎付けを目的とするものである。研究最終年度にあたる本年度は、これまでの2年間にわたる研究を総括し、教育哲学会第65回大会一般研究発表において「絵本を通した世界市民の育成 ―ヌスバウムの「物語的想像力」を中心に―」として、成果の一部を発表した。 絵本は、幼稚園教育要領等でも想像力の涵養は期待されてきたが、今日の幼児教育においては、リテラシーの育成や身近な人との情緒的関係構築などの非認知的能力の育成という観点から絵本が理解される傾向にある。そのため、個人の能力を個人内だけのものであるとして、絵本による人間形成が矮小化するかたちで捉えられているといえた。しかし、ヌスバウムの「物語的想像力」という概念を幼児期の読み物に主眼をおいて検討することにより、絵本を通じた人間形成が個人の想像力の涵養が個人の内だけの視点にとどまらず、グローバル社会における「人間の尊厳」の保障や社会正義の実現につながるという、個人が生きる社会や共同体への広い視点をもつという特質を浮き彫りにした。絵本などの物語は、統計上では1人にすぎない人間について、個別具体的な登場人物を描くことによって、その具体性から唯一無二の「人間の尊厳」を読者である子どもに見いださせるからである。 このようにして、絵本が「物語的想像力」を育むことを通して、子どもを世界市民の一員へと誘うことを示唆できた。本研究課題での成果は、幼児教育における絵本がもつ人間形成の新たな特質を浮き彫りにし、絵本の研究とともにグローバル社会における「人間の尊厳」の保障に関する問題に対しても多くの示唆を与えるものであるように思われる。本研究の課題の成果は、論文としてまとめる予定である。
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