前年度に引き続き、タンガニイカ湖産シクリッドのNeolamprologus pulcehrを主な対象種として、魚類において個体間関係を成立・維持させる認知能力や個体性の探索を実施した。ザンビア共和国のムプルングへ渡航し、野生下のN.pulcherの成長に伴う社会的地位の変化と、それに個体性(固有の模様)の発達をスキューバ潜水にて観察した。加えて、水槽でのモデル提示実験により、幼魚の個体性(固有の模様)の発達度合いを人為的に操作し、他個体からの社会的相互作用が変化するかを検証した。その結果、優劣関係や巣仲間/侵入者の識別といた社会的相互作用において個体性の発達が重要であることが明らかになった。この成果については日本生態学会 第71回大会で発表し、現在投稿準備中である。 研究期間全体を通じて、シクリッドやホンソメワケベラ、グッピーなど複数の分類群で個体識別や顔認知とその認知様式(全体処理など)、鏡像自己認知を検証した。その結果、これまで協同繁殖魚であるプルチャーなど複雑な社会環境で生活する種でのみ報告されていた認知能力が、グッピーなどの相対的に単純な社会で生活する分類群にも存在することを明らかにできた。現在のところ、高度な認知能力の進化的起源について新たな進化モデルを提示するには近縁種での検証が不十分であるものの、個体識別や顔認知における認知プロセスは棘鰭上目において共通である可能性が示されており、これらの認知能力は社会環境の複雑さによらず個体間関係の維持に重要であることが示唆された。 今後は、これらの認知能力の発達過程や可塑性の解明、近縁種間での質的な比較、および関連する脳神経領域を探索を通じて社会認知能力の進化的起源を明らかにし、社会知性仮説等の進化モデルの検証を行いたい。
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