本研究の目的は,感謝体験者が感謝対象者の不正を匿う嘘をつくかを検討することであった。このために,個人参加型の行動実験を実施した。その結果,実験的に感謝感情を喚起された群が感謝対象者の不正を匿う嘘をつきやすくなる現象は認められなかった。続いて,この個人参加型の行動実験よりも検定力(参加者数)を確保できるように,同じ実験事態での検討を場面想定型で行ったが,やはり感謝体験者が感謝対象者の不正を匿う嘘をつきやすくなる現象は認められなかった。 ここまでの検討では,感謝対象者による不正内容等の具体的状況を感謝体験者が理解するのに熟慮が必要であり,感謝感情による影響が薄れやすかった可能性が考えられた。そこで「感謝対象者の不正を隠ぺいすること」を「感謝対象者の損失回避のために第三者を犠牲にすること」と抽象化し,状況理解に感謝体験者の熟慮を要さないような指標を用いて検討した。その結果,他者から善意で助けてもらう感謝シナリオを読んだ群は,助けられたのは単に見返りを期待されていただけであるという負債感シナリオを読んだ群よりも,感謝対象者の損失回避のために第三者を犠牲にする傾向があった。ただし実在の友人が感謝対象者の場合はこの結果が見られなかった。 さらに本研究では,感謝対象者の不正を匿う感謝体験者に対する,第三者からの評価が肯定的であるかを検討した。具体的には,実験操作されたシナリオを読んだ上での評定を参加者に求める研究を2件実施した。その結果,感謝対象者の不正を匿う感謝体験者に対して「この人物とは互恵関係を構築できそうだ」という肯定的な評価が生じやすくなることが示唆された。 感謝体験者がある種の他者犠牲をしてでも感謝対象者を守ろうとする可能性や,それに対する第三者からの評価が肯定的になる可能性を示した本研究は,感謝のポジティブな側面が着目される従来の研究動向の中で重要な知見である。
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