本研究の目的は,自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder: ASD)の「慣れない」現象の神経基盤を解明するための足がかりとなる知見を得ることであった。ASDによく見られる「慣れない」現象について、まず同じ感覚刺激の反復提示に対する「知覚の変動性が大きい」可能性に着目し、検討を行うことにした。聴覚的に提示された単語の反復提示によって聞こえ方が変化する反復単語変形効果と呼ばれる錯聴を用いて、その知覚内容をASD者・定型発達者でそれぞれ検討すると,ASD者は,より大きな変化のある語を知覚することが先行研究で明らかとなっていた。しかし,同じ単語の反復提示により知覚内容に大きな変動が生じる神経メカニズムは明らかでなかった。そこで、本研究では反復刺激に対する知覚内容の違いに関する神経メカニズムをfMRIを用いて検討することを目指していたものの、コロナ禍の影響により、fMRI実験を実施する段階には到達できなかった。 しかし,「慣れない」のメカニズムには、神経反応の違いだけではなく,主観的な「慣れなさ」の違いも関連している可能性がある。例えば、自分の身体情報の違和感等(何回も来ている場所のはずなのに緊張する)の解釈の結果を「慣れない」と表現している場合もあるだろう。そこで、まずASD者の内受容感覚のわかりづらさに関する質問紙の日本語版の作成を行い、論文で発表した。次に,「慣れない」という現象を連続的な音刺激に対する自律神経反応を指尖容積脈波により測定することで生理的な反応を確認した。指尖脈波の反応では、ASD者の方がむしろ順化反応を示していることが明らかとなり、単語レベルの順応とは反応が異なる可能性が示された。 今後、連続的な音に対する反応・反復提示された単語に対する反応の違いに関する神経メカニズムをfMRIを用いて検討していく予定である。
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