研究実績の概要 |
軟X線による内殻電子励起を用いることで、分子の特定の原子に局所的に電荷を発生させることができる。基板表面に吸着した分子の場合、生じた電荷は分子鎖を介して基板へと移動するが、この電荷移動は放出されるオージェ電子のエネルギー変化として観測できる(core-hole clock法)。 本研究ではこのような内殻励起による反応ダイナミクスを用いることで、分子素子の導電性を非接触に計測可能であることを実証することを目的とする。本研究では分子素子をモデル化した系として2つのベンゼン環からなるビフェニル分子に着目した。ビフェニル分子では、2つのベンゼン環の間のねじれ角に依存して分子の導電性が大きく変化するため、分子の非接触導電性評価を実証するのに適した系であると考えられる。 令和4年度は令和3年度に引き続き、分子が基板上に吸着した自己組織化単分子膜(SAM)試料の作製・評価を行った。メチル基を導入することによりねじれ角が変化した3種類のビフェニルチオール分子試薬(HS-C6H4-C6H4-COOCH3, HS-C6H4-C6H3Me-COOCH3およびHS-C6H4-C6H2Me2-COOCH3)を用いて、金基板上にSAM試料の作製を試みた。作製したSAM試料の評価を、HiSOR BL13を利用した軟X線吸収分光計測により行い、基板上に高い配向性を持つ単分子膜が形成されたことを確認した。 得られたビフェニルチオールSAMについて軟X線電子分光計測を実施し、電荷移動ダイナミクスの観測を試みた。得られたオージェ電子スペクトルでは、分子のねじれ角に依存したスペクトル形状の変化が観測された。このスペクトルの解析から内殻励起後に起こる電荷移動時間を評価し、分子のねじれ角に依存した電荷移動時間の変化を見出した。
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