研究課題/領域番号 |
21K20539
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
千歳 洋平 広島大学, 先進理工系科学研究科(理), 助教 (60911534)
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研究期間 (年度) |
2021-08-30 – 2023-03-31
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キーワード | ケージド化合物 / 安息香酸 / 2光子吸収 / 光解離性保護基 |
研究実績の概要 |
当該年度において設計した、2重結合を有するアミノベンゼン(4-Ethenyl-N,N-dimethylaniline)部位によってπ共役系を拡張させたクマリン型誘導体は、700 nm付近に比較的高い2光子吸収断面積を有することが量子化学計算結果から予測されている。そのため、π拡張したクマリン型誘導体を基盤骨格とする光解離性保護基を合成し、生物活性物質を保護することで、低毒性かつ生体透過性の高い近赤外領域の光を用いて、生体内における生物活性物質の濃度上昇を時空間的に制御できることが期待される。本研究では、設計したクマリン型保護基を用いて、アミノ酸の代わりとしてカルボン酸の一種である安息香酸の保護反応を行い、ケージド安息香酸の合成を試みた。ケージド安息香酸の合成経路を確立することは、将来的に細胞実験で扱う生物活性物質の保護反応を行う際の基礎的な技術となる。当該年度においてケージド安息香酸の合成に成功し、得られたケージド安息香酸の光反応機構の調査を行った。ケージド安息香酸の2光子励起での光反応を行う前に、ケージド安息香酸の光結合解離機構の精査が必要であるため、まず1光子励起での光反応生成物の分析を行った。生成物分析はプロトンNMRを用いて行い、さらにレーザーフラッシュホトリシス法を用いた過渡吸収スペクトル測定によって光反応中間体の捕捉を試みた。ケージド安息香酸の光物性、光反応性の評価を綿密に行い、その反応機構を解明することは、生体内での生物活性物質の光脱保護反応を実施する上で重要な知見となる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
ケージド安息香酸の合成は市販の7-diethylamino-4-methylcoumarinから全6ステップで行い、全収率18%で合成に成功した。得られたケージド安息香酸を用いて、レーザーフラッシュフォトリシス法による過渡吸収測定(355 nm励起、窒素雰囲気下、アセトニトリル中、298 K)を行ったところ、420-560 nm(第1吸収帯)と580-800 nm(第2吸収帯)の2つの吸収帯が観測された。量子化学計算結果から、第1吸収帯はケージド安息香酸のC-O結合がヘテロリシスに解離して生成するメチルカチオン中間体であることが示唆された。カチオン中間体については、光反応系中に水を添加することで実験的捕捉に成功している。具体的には、重DMSO中に水を体積分率で10%ほど混合し、その溶液中でケージド安息香酸に光反応を行った際(458 nm励起、298 K)、系中のメチルカチオン中間体に水が求核攻撃をし、4位にヒドロキシ基を持つアルコール体として単離された。一方で、第2吸収帯に関しては、原料のケージド安息香酸の励起三重項由来の吸収と、酸素でクエンチされない長い寿命(数ミリ秒オーダー)を持つ吸収帯が重なって観測された。酸素でクエンチされない長寿命成分の過渡種は、量子化学計算結果からクマリン骨格のC=O結合と4-Ethenyl-N,N-dimethylaniline部位の2重結合がトリメチレンメタン(TMM)構造を形成した場合、660 nm付近(第2吸収帯の中心波長付近)に吸収を有すると予想された。そこで、4位に安息香酸部位をメチル基に代えたクマリン発色団(4-メチル体)のみに光照射し、発生すると予想されるTMM型過渡種をメタノールなどの求核試薬を用いて捕捉を試みた。しかし、予想される過渡種の捕捉には至っておらず、いまだ長寿命成分の構造同定に成功していない。
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今後の研究の推進方策 |
ケージド安息香酸の過渡吸収測定によって観測された長寿命中間体については、アンケージング反応を起こさない4-メチル体の重DMSO溶液に、カルボニル化合物やアルケンなどの試薬を混ぜ、光反応時に予想される中間体のTMM構造との環化付加反応を誘起することで捕捉を試みる。その際、NMRや質量分析法によって捕捉された化合物の構造を同定していく。また、ケージド安息香酸の2光子アンケージング反応については、高強度フェムト秒レーザーを用いて実施し,700 nm励起におけるケージド安息香酸の光反応をHPLCやNMR等の分析装置を用いて分析し、実際の脱保護反応によって得られる安息香酸の収率を求める。さらに、ケージド安息香酸の1光子励起(458 nmまたは355 nm励起)と2光子励起(700 nm励起)の際に得られる生成物分布に波長依存性があるか確かめ、光反応メカニズムについて詳細な調査を行っていく。また、ケージド安息香酸を2光子励起した際、用いる溶媒の極性によって生成物分布に変化があるか調査していく。その後、電子供与性置換基(ジメチルアミノ基)部位に水溶性置換基を導入し、クマリン発色団部位の水溶性を向上させ、生物活性物質を保護し、生体内における2光子アンケージング反応へ展開する。また、クマリンの3位のみならず、7位や4位のπ共役系を拡張させた誘導体も設計、合成を試みる。得られた誘導体の1光子における光物性(吸収、蛍光、燐光)、2光子吸収断面積の評価も行い、光解離性保護基としての応用も目指していく。
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