研究課題/領域番号 |
21K20589
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
高谷 直己 北海道大学, 水産科学研究院, 助教 (40801501)
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研究期間 (年度) |
2021-08-30 – 2023-03-31
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キーワード | 海洋性カロテノイド / フコキサンチン / CKD / 抗炎症作用 / マクロファージ |
研究実績の概要 |
慢性腎臓病(CKD)は生活習慣病を背景に発症する慢性炎症疾患で、透析や腎移植が必要となる末期腎不全のみならず、心筋梗塞など心血管イベントの発症リスクを高める。未だCKDに対する有効な治療薬はなく、食品因子による炎症制御を介した予防方策が望まれている。そこで本年度は、CKDモデルマウスに、ワカメなどの褐藻に豊富に含まれる海洋性カロテノイドである「フコキサンチン」を投与した際の腎臓炎症に与える影響について検討を行った。健常タイプC57BL/6Jマウスにアデニンを含むAIN-93G飼料を給餌しCKDを誘導後、腎臓におけるmRNA発現解析を行った。その結果、対照区(通常食)と比較してCKD誘導区(アデニン含有食)の腎臓では、炎症性サイトカインをはじめとして、ケモカインであるMCP-1やマクロファージマーカーであるF4/80発現の著増を認めたことから、腎臓において炎症の亢進ならびにマクロファージの浸潤が増加している可能性が示唆された。一方、フコキサンチン投与区(フコキサンチン+アデニン含有食)の腎臓組織では、これら因子の発現増加が有意に抑制された。次に、フコキサンチンの生体内代謝物であるフコキサンチノールを用いて、HK-2近位尿細管細胞に対する抗炎症活性を評価した。HK-2細胞にTNFα添加することにより誘導される炎症性サイトカインやケモカインのmRNA発現上昇は、フコキサンチノール処置により有意に抑制された。さらに、THP-1マクロファージに対しても、LPS添加による炎症性サイトカインのmRNA発現増加に対して、フコキサンチノールによる抑制作用が観察された。以上より、フコキサンチン投与による腎臓炎症の緩和作用機序の一端に、腎臓に蓄積したフコキサンチノールによる腎臓細胞や免疫細胞に対する炎症制御作用が関わる可能性が推察される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度の計画では、CKDモデル系の確立およびフコキサンチン/フコキサンチノールによる抑制作用の評価を目標に掲げており、in vivoではフコキサンチンによる腎臓炎症緩和作用を、in vitroでは炎症誘導したHK-2近位尿細管細胞やTHP-1マクロファージに対するフコキサンチノールの抗炎症活性を見出したことから、目標はおおむね達成できたと考える。一方、CKDモデルマウスから採取した腎臓の解析を進める中で、線維化関連因子のmRNA発現増加を認めたのに対し、フコキサンチン投与区では線維化因子の増加抑制傾向が観察された。このことは、フコキサンチンによる腎臓炎症緩和を介した部分的な線維化抑制効果を示唆している。上述の解析結果を得たことから、今年度は多角的な視点からCKDに対する抑制機序解明や予防因子探索のための評価系の構築も進めた。具体的には、CKDと関連が深い線維化について、HK-2細胞に特定のサイトカインを一定時間添加することにより、上皮間葉転換の誘導および線維化関連因子の発現増加条件を見出すことに成功した。さらに、CKD病態では免疫細胞と腎臓細胞との相互作用が炎症を増悪させることから、トランスウェルを用いたHK-2およびTHP-1共培養系の検討を行い、炎症性サイトカインおよびケモカイン産生が増加する培養条件を見出した。現在、確立したin vitro評価系を用いて、フコキサンチノールをはじめ、他の海洋性カロテノイドであるアスタキサンチンによる線維化および炎症性相互作用に対する制御機能を精査している。In vitro評価系にて有望な活性を示した化合物について、in vivoでの評価試験に移行するプロセスを経ることで、より迅速なCKD予防因子の発掘に繋がる可能性があり、意義深い成果と考える。以上より、現在までの進捗状況として、おおむね順調に進んでいるといえる。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、フコキサンチンの摂取による腎臓炎症の緩和作用の一端に、生体内代謝物であるフコキサンチノールによる腎臓細胞や免疫細胞に対する炎症制御作用が関わる可能性を見出した。一方、CKD病態においては「腸腎連関」が近年注目されている。すなわち、腸内細菌バランスの崩壊(ディスバイオーシス)や腸バリア脆弱化による透過性亢進(リーキーガット)により、腸管から流入したエンドトキシンや尿毒素が腎臓炎症の亢進を介して腎機能低下に導くとともに、腎機能低下により過剰蓄積した尿素やアンモニアは腸内環境を増悪させる。実際に、本年度飼育したCKDモデルマウスから採取した盲腸内容物の解析を行ったところ、腸内代謝産物である短鎖脂肪酸の低下やアンモニアの増加を認め、ディスバイオーシスが生じている可能性が推察された。今後は、腸内代謝産物とともに腸内細菌叢解析を通して、フコキサンチンの腸腎連関に与える影響について調べる。さらに、フコキサンチンの腸腎連関に対する制御機構を明らかにするため、Caco-2をはじめとした培養細胞を用いた検討を行う。具体的には、小腸様に分化させたCaco-2細胞へアンモニアを添加し、腸バリア機能を低下させる。フコキサンチノールを予め取り込ませておくことで、腸バリア機能低下に対する抑制作用を調べる。さらに、HK-2細胞をCaco-2細胞と非接触下で共培養し、腸バリア機能が低下する条件や炎症が誘導される条件を模索する。条件決定次第、フコキサンチノールによる腸バリア機能および炎症制御作用を評価する。 併せて、CKDモデルマウスを用いて、アスタキサンチンならびに商業的にも重要なノリなどの紅藻カロテノイドによる抑制作用を評価する。これにより、海洋性カロテノイドの慢性炎症疾患に対する新たな予防機構を明らかにし、健康増進に向けた水産物利用のための基礎知見の集積を目指す。
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