研究実績の概要 |
RASタンパク質は細胞内シグナル伝達の中核を担う分子スイッチであり、複数の細胞内制御因子により活性化が制御されている一方で、異常活性化はがんの原因となることからRASの活性制御は創薬標的として重要である。研究代表者はこれまでRASの活性化度の指標である活性型割合を細胞内で直接観測するin-cell NMR法(細胞内NMR法)を開発し、RASの活性型割合が細胞内ではin vitroよりも低く制御されていることを明らかにした。このような細胞内活性型割合の制御に対して複数のRASの制御因子が関与していると考えられるものの、それぞれの因子がどの程度寄与するかを細胞内環境下で定量的に解析する手法は存在しない。そこで、本研究ではin-cell NMR法とゲノム編集法を融合させることで、特定の細胞内在性制御因子の酵素活性や基質親和性を細胞内 (in situ)で定量的に解明する手法の開発を行った。 RASの制御因子のうち特にRASを不活性化させる因子であるGAPタンパク質に着目し、代表的なGAPであるRASA1,NF1のノックアウト細胞株をCRISPR-Cas9法で構築し、これらの細胞を用いてRASのin-cell NMR測定を行った。その結果、NF1ノックアウト細胞において有意な細胞内RASの活性型割合の上昇が観測された。この差をもとに酵素反応速度論に基づく数理モデルを用いて細胞内におけるNF1の酵素活性, 基質親和性をin vitroと比較したところ、特に酵素活性について、細胞内在性のNF1はin vitroよりも数倍高い酵素活性を有することがわかった。細胞内在性のタンパク質は分子混雑環境や翻訳後修飾などのin vitroでは再現が難しい複雑な環境下におかれており、本手法を用いることでGAPに限らず様々なタンパク質の本来の生体中(in situ)での活性を明らかにできると考える。
|