申請者は、小脳プルキンエ細胞特異的に抑制性受容体DREADD-hM4Diを発現するマウスを用い、出生後11-15日にDREADDのリガンドであるCNOを経口投与することで、可逆的かつ時期特異的に発達期の小脳活動を抑制する系を樹立した。この5日間の抑制操作により、小脳および大脳皮質の組織構築に大きな影響は見られなかった。
行動実験では、発達期の小脳活動を抑制したマウス群においてオス特異的に社会性の低下が見られた。また、協調運動学習課題でもオス特異的な異常が見られ、発達期の小脳活動異常に対する脆弱性には性差が存在することが示された。自閉症スペクトラム障害(ASD)の罹患率は4:1と男児に大きく偏っており、性差が生じる原因が小脳に存在する可能性が示唆され、興味深い結果だと考えられる。
一方で、今回の介入操作においては常同行動のような他のASD関連表現型は観察されず、ASDに高率で随伴する感覚過敏、鈍麻も見られなかった。一部のASD様表現型が見られなかった理由について、申請者は、①介入の強度が不足していた(抑制の程度、期間)、②介入期間と表現型出現の臨界期が合っていなかった、③もともと小脳活動異常と関係のない表現型だった、④発達中に代償が起きた、の四つの可能性を考えている。常同行動や思考の硬直性といった表現型は、プルキンエ細胞が徐々に死滅するマウスを用いた先行研究では観察されており、本研究の結果と比較することで、何が不可逆な表現型か(治療可能性の決定)、ある表現型が出現するための臨界期はいつか(治療介入時期の決定)といった問に答えることができると予想される。現在は、介入期間を出生後11-20日に延長したマウス群を用いて、他のASD様表現型が見られるか検討している。
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