研究課題/領域番号 |
21K20736
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研究機関 | 国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 |
研究代表者 |
山口 朋子 国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所, 医薬基盤研究所 幹細胞制御プロジェクト, 研究員 (50580130)
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研究期間 (年度) |
2021-08-30 – 2023-03-31
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キーワード | P-糖タンパク / BBB / iPS細胞 |
研究実績の概要 |
脳には物質の脳内移行性を制御する血液脳関門(blood-brain barrier; BBB)が存在している。BBBは、主に脳血管内皮細胞から構成されている。脳血管内皮細胞は、強固な結合(タイトジャンクション)を形成し、かつ薬剤の排出を担うトランスポーターや栄養素の選択的な取り込みを行うトランスポーターを発現しており、これらの機能によって血液中から脳実質側への物質の移行を厳密に制御している。薬剤の脳への移行性を調べるため、in vitro BBBモデルが活用されてきたが、動物由来の脳血管内皮細胞が使用されており、種差の問題が指摘されてきた。これまでに、申請者らのグループでは、ヒトiPS細胞由来脳血管内皮細胞を利用したin vitro BBBモデルを開発し、それを用いた薬物動態評価系への応用例や、疾患モデルなどを報告してきた。しかしながら、ヒトiPS細胞から分化誘導した脳血管内皮細胞では、薬物排出トランスポーターであるP-糖タンパク質(P-gp)の発現が著しく低いことが課題としてあげられる。そこで本研究では、脳血管内皮細胞の発生過程において重要な役割を担う液性因子や転写因子などを作用させることで、P-gpを高発現するヒトiPS細胞由来脳血管内皮細胞の作製を試みた。今年度は、Wntシグナルを活性化することが報告されているChir99021やBIOをiPS細胞から脳血管内皮細胞の分化誘導系に作用させた。その結果から、Wntシグナルを活性化することで、ヒトiPS細胞由来脳血管内皮細胞のバリア機能およびP-gp発現を向上させることが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
前述したように、ヒトiPS細胞由来脳血管内皮細胞は、薬物や化学物質の脳から血液中への排出に重要なトランスポーターであるP-gpの発現が低いことが大きな問題点であることが明らかとなった。そこで本研究では、P-gpの発現を制御する因子(液性因子、低分子化合物、転写因子)などを用いて、P-gpを高発現するようなヒトiPS細胞由来脳血管内皮細胞の作製を試みた。 iPS細胞由来脳血管内皮細胞におけるP-gp発現を向上させるためには、生体での発生を模倣し、その過程に関与する因子を分化プロトコルに作用させる必要がある。生体における脳血管内皮細胞の発生は完全には理解されていないが、その過程でWntシグナルが関与していることが知られている。そこで今年度は、iPS細胞由来脳血管内皮細胞に、Wntシグナルを活性化することが知られているGSK-3b阻害剤を作用させ、脳血管内皮細胞の性質の変化を解析した。iPS細胞由来脳血管内皮細胞にGSK-3b阻害剤を作用させた結果、Wntシグナルの標的遺伝子であるAxin2の発現が上昇していたため、Wntシグナルが活性化されることが示された。次に、膜間電気抵抗値(TEER)に与える影響について検討した結果、GSK-3b阻害剤を作用させることでTEER値が増加した。詳細は割愛するが、GSK-3b阻害剤はclaudin-5の発現を誘導することでiPS細胞由来脳血管内皮細胞のバリア機能を増強することが明らかとなった。また、トランスポーターの発現について解析を行なった結果、GSK-3b阻害剤を作用することで機能的なP-gpの発現が増加することが示された。以上の結果から、Wntシグナルを活性化することで、ヒトiPS細胞由来脳血管内皮細胞のバリア機能およびP-gp発現を向上させることが明らかとなった。本研究内容に関しては、現在論文投稿中である。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は、Wntシグナルに着目したが、来年度は低分子化合物や転写因子に着目する。低分子化合物に関しては、今年度、他の細胞でP-gpの発現を上昇させることが報告されている候補化合物について探索した。。来年度は、候補化合物をiPS細胞由来脳血管内皮細胞に作用させ、P-gpの発現変動について解析する。転写因子に関しては、ヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVEC)とヒト脳血管内皮細胞(hCMEC/D3)の遺伝子発現を網羅的に解析したデータベースを利用し、脳血管内皮細胞で高発現している転写因子を数種明らかにしている(データ未発表)。今年度、候補の転写因子をクローニングし、目的遺伝子を時期特異的に発現制御可能なTetシステムを有するレンチウイルスベクターに導入した。来年度は、作製したレントウイルスをまずはHUVECに作用させ、P-gpの発現について解析を試みる。さらに、iPS細胞から脳血管内皮細胞を分化誘導する過程で、候補因子を発現するレンチウイルスを作用させることで、P-gpなどの脳血管内皮細胞マーカー遺伝子の発現やTEERについて解析を試みる。
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