本研究では、糖尿病時にみられる認知機能障害のメカニズムの一端を明らかにするため、海馬における神経細胞のエネルギー供給の変化の関与について検討を行った。これまでに、膵臓のβ細胞を破壊し、インスリンの絶対的不足を起こすストレプトゾトシン処置により糖尿病を誘発したマウスにおいて、新規物体認識試験を用いて認知機能障害が認められることを明らかにし、マウスの認知機能障害がL-乳酸の低下によることも明らかにした。 本年度は、記憶の形成に重要であるとされる海馬CA1領域におけるSlow waveの発生頻度について検討を行った。糖尿病マウスより作製した海馬スライス標本を用いて、Slow waveの発現について解析を行った結果、健常マウスより作製した海馬スライスと比較すると、糖尿病マウスではSlow wave の発現頻度が低下していた。また、L-乳酸を外因的に与えると、糖尿病マウスのSlow waveの発現頻度が上昇した。 L-乳酸は、神経細胞の他にアストロサイトにおいても生成されることが知られている。これまでに申請者らは、糖尿病マウスの海馬でアストロサイトの機能が変化していることを明らかにしている。そこで、アストロサイトの機能を正常化するため、デザイナー受容体(DREADD)をアストロサイトに発現させ、特異的リガンドであるクロザピンN-オキシド(CNO)を処置した際の効果について検討を行った。デザイナー受容体は、アデノ随伴ウイルスベクターによりアストロサイトへ発現させた。糖尿病マウスに海馬アストロサイト特異的にDREADDを発現させてCNO処置を行うと、糖尿病時に見られた認知機能障害は改善し、健常マウスとほぼ同程度となった。このことから、糖尿病マウスの認知機能障害には、海馬アストロサイトの機能低下に伴うL-乳酸の生成低下が一部関与することが示された。
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