研究課題/領域番号 |
21K20902
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
佐々木 周伍 大阪大学, 医学系研究科, 特任研究員 (60908185)
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研究期間 (年度) |
2021-08-30 – 2023-03-31
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キーワード | 膵β細胞 / iPS細胞 / 脂肪酸代謝 / 糖尿病 / リピドーム |
研究実績の概要 |
新規にセットアップした研究環境でヒトiPS細胞から膵β様細胞への分化誘導モデルを確立した。健常人由来iPS細胞をRIKEN BRCより取得し、Hebrok lab 3次元培養法 (Nair GG, et al. Nat Cell Biol 2019) の修正法を用いて膵β様細胞までの分化誘導を試みた。その結果、分化3日目でSOX17陽性細胞率 94.3%、10日目でPDX1陽性細胞率 59.9±4.2%、22日目でINS陽性細胞率 39.6±7.3%と良好な分化誘導効率を得た。 ヒト膵β細胞発生・成熟過程における脂肪酸代謝動態を解明するため、ヒトiPS由来膵β様細胞における脂肪酸合成関連遺伝子の発現の推移を明らかにした。上記分化誘導法を用いて遺伝子発現量を定量的PCRにて評価したところ、分化22日目の膵β様細胞はiPS細胞に比べ、MLXIPLを27.6倍、ABCD3発現を4.2倍、ACLY発現を3.8倍高発現していた。これはマウス胎生膵での結果と一致しており(Sasaki S, et al. Diabetologia 2022)、ヒト膵β細胞においても脂肪酸合成の重要性が示唆された。さらに、リピドーム解析で最終代謝物を直接定量するため、iPS由来膵β様細胞および膵β前駆細胞を単離可能な新規レポーターiPS細胞株を作製した。 脂肪酸代謝関連小分子による介入でiPS由来膵β様細胞への分化誘導効率の改善を試みた。膵β様細胞でiPS細胞に比べ遺伝子発現が9.2倍と高値であったPPARGに注目した。分化15日目から22日目までピオグリタゾン(PPARγアゴニスト)またはGW9662(PPARγアンタゴニスト)を投与した結果、膵β様細胞誘導率は対照群(DMSO投与)39.6±7.3%に比し、ピオグリタゾン 16.3±7.5% GW9662 15.1±5.4%と改善を認めなかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究費を用いることにより、研究留学から帰国後、新規に研究環境をセットアップし、ヒトiPS細胞から膵β様細胞への分化誘導モデルを半年間で円滑に確立することができた。 本研究において、マウスおよびヒト両者の膵β(様)細胞発生・成熟における脂肪酸代謝の重要性を解明するにあたり、(1)本研究の鍵であるリピドーム解析には一定量以上の検体が必要であり、一匹あたり少量の膵β細胞しか得られないマウス胎生膵に比べ、ヒトiPS由来細胞膵β様細胞は理論上無限に取得可能であること、(2)ヒトとげっ歯類ではエネルギー代謝に相違があり、本研究ではヒトの糖尿病再生医療への応用を目指した前臨床研究を志向していること、(3)マウス膵β細胞発生・成熟過程におけるデータについてはシングルセルレベルでの高解像度トランスクリプトーム解析を完遂したこと、(4)本学動物実験施設が大規模な移転作業中であることを勘案し、ヒトiPS細胞を用いた実験を優先して行った。ヒトiPS由来膵β様細胞における定量的PCR、FACSや免疫染色のデータはすでに得られており、順調に進んでいる。マウス胎生期β細胞だけでなく、ヒトiPS由来膵β様細胞においても脂肪酸合成関連遺伝子が高発現していることを新たに明らかにすることができ、ヒト細胞においても脂肪酸合成の重要性が示唆された。 リピドーム解析で最終代謝物を直接定量するため、iPS由来膵β様細胞および膵β前駆細胞を単離可能な新規レポーターiPS細胞株の作製にも成功している。本作出にはCRISPR/Cas9遺伝子編集技術を用いており、同技術のセットアップおよび研究室への定着を滞りなく行えている。
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今後の研究の推進方策 |
ヒト膵β細胞発生・成熟過程における脂肪酸代謝動態を解明するため、リピドーム解析を行う。iPS由来膵β様細胞および膵β前駆細胞を単離可能な新規レポーターiPS細胞株を用いて、in vitro 3次元培養でβ細胞まで分化誘導後、単離し、β細胞新生から成熟までの発生学的に段階的なサンプルを得る。各分化段階の細胞内容を抽出し、SFC-MSを使用してリピドーム解析を行い、細胞内脂質代謝物の経時的変化を明らかにする。以上により、将来の糖尿病細胞治療に向けた知識基盤を構築する。 脂肪酸代謝介入によるヒトiPS細胞からの膵β細胞分化誘導法の効率化を目指す。まず、様々な分化誘導のタイミングで特定の脂肪酸を直接添加し、β細胞誘導効率を定量する。上記レポーターiPS細胞は平面培養も可能であるため、96ウェルプレートを用いた脂肪酸スクリーニングが可能である。負荷実験で頻用される偶数脂肪酸(パルミチン酸など)に加え、糖尿病発症リスク低減と関連する奇数脂肪酸のスクリーニングも行う。マウス新生β細胞で高発現しているAbcd3、Crotはペルオキシソームにおける長鎖・中鎖脂肪酸の代謝に関与し、また近年、中鎖脂肪酸摂取の代謝改善作用が注目されているため、長鎖および中鎖脂肪酸の添加実験も行う。次に、ABCD3発現を誘導するLXRアンタゴニスト(GSK(17), 22S-HC)等、β細胞成熟化を促す可能性のある脂肪酸代謝を修飾する小分子・薬剤添加を探索する。その際、LINCSデータベースを用いて候補をリストアップする。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は主にヒトiPS細胞を用いた研究環境のセットアップおよび実験系の確立を行った。同実験系を用いた解析も順調に予算計画通り進んでいる。リピドーム解析等解析費用の一部には高額なものがあり、年度末をまたいだ後、サンプルが集まり次第解析を要するため、次年度使用額が生じた。次年度においては、引き続きiPS分化誘導、リピドーム解析、スクリーニング等に予算を使用する。
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