本研究では、失明からの回復を目指し、網膜神経細胞(RGC)の保護・再生治療の開発に取り組んだ。具体的には、脳由来神経栄養因子(BDNF)の受容体であるTrkBを活用した遺伝子治療に着目し、研究を進めた。研究の過程で、リガンドであるBDNFに依存せずに常時活性化が得られるFarnesylated intracellular TrkB遺伝子 (F-iTrkB)を独自に開発し、その遺伝子を用いて遺伝子治療に応用する方法を試みた。これまでの研究成果により、開発したF-iTrkBを用いた遺伝子治療が、マウスのRGCの保護と軸索再生を大幅に促進することを明らかにした。遺伝子導入には、RGCに高い感染性を持つアデノ随伴ウィルス(AAV2)を用い、活性化TrkB分子を搭載したAAV2 (AAV2-FiTrkB)をマウスの眼球に投与した。その結果、視神経損傷後のRGC細胞死が抑制され、処置後2週間で切断された軸索が視交叉に達する約4mm以上の距離まで再生することを確認した。ただし、上丘およびその他の視覚中枢までの到達は十分ではなく、今後の課題として残された。一方、軸索を上丘投射直前で切断した場合、再生軸索の上丘への到達を組織学的に確認した。さらに、視機性眼球反応を用いた行動実験により、軸索切断処置により失明したマウスの視機能が部分的に回復する可能性を示した。これらの成果は、国際科学雑誌Molecular Therapy誌(2023年3月)に掲載された。
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