法科学的な試料に含まれる唾液などの体液の種類を識別することは犯罪捜査に有益な情報を提供するが、試料の“劣化”は体液種識別を困難とする課題がある。これまでに、劣化した唾液試料の識別にはヒト口腔内常在細菌のDNAマーカーが有用であることが示されているが、唾液試料中の細菌叢が劣化に伴ってどのように変化するのかは明らかになっておらず、どの細菌を標的とした検査マーカーが最適なのかはわかっていない。 そこで、本研究は、ヒト唾液の劣化に伴う細菌叢の変化をDNAレベルで明らかにすることにより、劣化試料からの唾液識別に有効な細菌DNAマーカーの菌種を判明させることを目的とした。はじめに、唾液試料の斑痕化に伴うStreptococcus salivariusおよびVeillonella atypicaの生菌率の変化を解析したところ、ともに生菌率の低下が観察された。このことから、法科学的な試料からのヒト口腔内常在細菌を指標とした唾液の識別については、培養検査ではなく、DNA検査が有用であると考えられた。次に、唾液の劣化試料について、上記2種類の細菌のDNA分解度の変化を解析したところ、唾液試料の劣化に伴う細菌DNA分解度の上昇が認められた。このことから、唾液の劣化試料は長期未解決事件の試料や状態の悪い環境下に置かれた試料のように、DNAの断片化が進行した状態であることが確認された。最後に、細菌叢解析を行ったところ、唾液の劣化に伴う細菌叢の変化が観察され、主要なヒト口腔内常在細菌ではStreptococcus属の細菌が他の細菌に比べて安定的に検出されていることが明らかとなった。これらの結果から、高度に劣化した試料からの唾液の識別には、Streptococcus属の細菌(S.salivarius、S. sanguinisなど)をターゲットとしたDNAマーカーが有効な可能性があると考えられた。
|